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狂馬楽

いきなり寒くなった。一昨日も東京は初雪が降り、外を歩いていると体の芯から冷えて、もう仕事なんかほっぽり出して温泉にでも入りたいと心底思った。いつから自分はこんなに寒がりになったのか。若いころは真冬でも半袖を着たりしてたのに。カミさんからも、なんでこの人は真冬にこんなうすら寒そうな格好をしてんだろうと思ってた、と一緒になってだいぶ経ってからいわれたことがある。こんな人で大丈夫だろうかと。大体からして服を持ってない。パンツも2、3枚しかない。まあ、貧乏というか、そんなものに金を使うくらいなら酒飲んじゃうし。部屋にも何もない。冷蔵庫とテレビとビデオとレコードと本と布団しかない。普通か。電気とガスを止められて水浴びてたもんな。真冬に。けっこう気持ちがよかった。体温が高かったのは確かだ。熱があったのか。いや、風邪とかじゃなくて、内側から燃えてたってこと。じゃ、今は冷め(醒め)ちゃったってこと? 歳くって脂肪燃焼率が下がったのかな。確かに痩せゆく(ハゲゆく)男ではあるが。

そんなことを妙齢の美人フリーライター兼編集者と出張校正の帰りの夜の神楽坂を震えながら話して歩いた。速攻でイタリアンカフェに入ってスープと鍋とワイン飲んだらようやく暖まった。
やっぱり酒はえらいやね。

落語に『鰍沢(かじかざわ)』って噺がある(もし噺を知らなくて、これから聴く予定のある方にはある種のネタバレになるかもしれない。でも落語だからいいかな)。六代目三遊亭円生が得意にしてたヤツだ。身延山に参詣に出た男が吹雪で道に迷う。ようやく一軒のあばら家を見つけて宿を請う。そこにはお熊という昔吉原にいた月の兎(と)花魁(おいらん)が亭主と住んでいた。亭主は仕事で留守だったが、花魁は男のために卵酒を作ってやる。吹雪の中を歩いて体が冷え切っていた男にとっては何よりのごちそうだ。この男が卵酒を飲む場面は何ともいえず、こちらまで体が暖まってくる。名人円生の凄いところだ。

『鰍沢』は落語中興の祖といわれる三遊亭円朝の作だが、その弟子の四代目橘家円喬(たちばなやえんきょう)の『鰍沢』がまた凄かったらしい。明治時代だ。男は卵酒の御礼に路銀(お金ですね)を渡すのだが、花魁は男が25両の包みをブチっと切るところを見逃さない。実は吉原を男と逃げ出して山奥に身を隠してるくらいだから、タチがいいわけがない。卵酒には毒が仕込んであり、男を殺して金を奪おうという魂胆だ。気がついた男が吹雪の中をもんどりうって逃げるが、断崖絶壁に追い詰められる…とまあ、そんな噺なのだが、その円喬の描写力の凄さったらなかったらしい。かの文豪・志賀直哉も「僕の一生で感心した芸人が7人いた。役者で団蔵、噺家で円喬…」と7人あげるのだが、そのときも円喬の『鰍沢』だった。

「胴巻から路銀の包みを出す。それを見逃すようなお熊ではない。ジロリと見る流し目のよさ、凄さ。……下は名立たる鰍沢の急流…円喬はそういうだけだが、富士川の急流が岩を噛んでいる姿が、闇の中にアリアリと見えて来る」(『八枚前座』小島政二郎)

「さっきまで晴れていたのに雨が降ってきた。傘はなし弱ったな、と思ったら、雨ではなく円喬が『鰍沢』の水の流れているところを喋っていた」と古今亭志ん生はいい、八代目(桂)文楽も、「『鰍沢』の急流の描写では本当に激しい水の流れが見え、筏が一本になってしまうところも手にとるようにわかった」といっている(『落語大百科』川戸貞吉)。

六代目円生も自分が聴いた中で本当に名人だと思ったのは円喬だけだといっている。でも円喬という人は当時の噺家仲間には評判がよくなかったようだ。キザだとか、嫌なヤツだとか、さんざんいわれている。楽屋で人の噺を聴いていてケナシまくる。ありゃ芸じゃない、ただ喋ってるだけとか。気に食わないヤツがいると、そいつが高座にあがる前に、ちょっとあたしを先にあげとくれ、かなんかいって、鰍沢などをみっちりやる。するとあとからあがる者はシドロモドロになってひどい目にあう。客は今しがたの円喬の芸に魅せられているから、次の噺なんぞは聴いちゃいない。円喬はそいつがスゴスゴと退散する姿を見てキセルを吹かしながらニヤニヤしてる。それでも円喬の芸に対しては誰も文句がつけられなかったというから、本物の名人だったんですね。先の小島政二郎も、円喬が語り出すとそのうち円喬の存在が消えて、いつの間にか噺のままの状況が目の前に現われ出すというようなことをいっている。同じ噺でも他の噺家だとそいつの存在が邪魔をして噺に入り込めないことがある。

落語の『淀五郎』でも、芝居「忠臣蔵」で切腹をうまく演じられない淀五郎に中村仲蔵が助言する場面があって、そのときも淀五郎の演技を見た仲蔵は、客にうまいとほめてもらいたい、自分をよく見てもらいたい、という気が体に浮き出ているから見ていてキザでしょうがない、と淀五郎にいう。どうも、円喬というか芸の名人といわれる人は自分を消すことができるらしい。おのれをなくして「何か」を出現させている。

そういえば、この間も合気の師範たちと飲んでいたら、気を消す、という話になり、座敷で隣にいた師範が私に左の手の平を前に出してみなさいという。ちょうどボクサーのコーチがグラブを手にはめて相手に殴らせる格好だ。師範が、これから右拳で手の平をパンチするからよけてみろ、という。私はおっかなびっくり構えているが、師範がパンチを繰り出そうとする瞬間をとらえて左手を脇によける。パンチは当たらない。何回かスピードを上げてやる。私の反射神経がにぶいせいもあって多少パンチが当たるときもあるが、なんとかよけられる。ね、よけられるでしょ、と師範。で、気を消すとこうなる、とまたパンチを繰り出す。もろに手の平にパンチを食らう。何回やってもダメ。動けない、というか師範がいつパンチを打ってくるのかまったくわからない。読めない。これが気を消すということです、と師範がいう。私のような素人でも、相手がパンチを打ってくる気配のようなものを感じているのだ。昔、白土三平のマンガ『サスケ』でよく忍者が気配を消す場面があったが、あれは本当なのだと驚いた。気配を消すとはどういうことか。合気柔術の師範レベルで気を操れないときっとわからないことなのだろう。また話がずれてきた。といいながら、あながち無関係な話でもない気がしてるのだが…。

円喬は若くして死んだ。48歳くらいだ。同時代に三代目蝶花楼馬楽(ちょうかろうばらく)という噺家もいた。狂馬楽とも呼ばれ、さんざん酒と女(吉原)に身をやつし晩年は精神病院を出たり入ったりしていた。馬楽も48歳で死んだ。馬楽の生涯は祖田浩一の『寄席行燈』に詳しい。円喬のような名人扱いはされなかったようだが、その破滅的で自虐的な芸から多くの心酔者を集めた。なかなかの読書家で鋭い警句を入れながら話したという。先の志賀直哉も大ファンで、当時の日記を見ると三日にあげず馬楽を聴きに寄席に通ったりしている。晩年は酒毒(身につまされる)とおそらく梅毒で脳の調子がおかしくなり、高座でも妙な言動をとったりした。志賀直哉もしまいには呆れて、木戸番に「あまり酒を飲まないように」と言づけして1円を預けたというから、それなりに心配もしていたのだろう。当時の1円だ。米1升が13銭。男は日に2升5合ぶん稼いだら一人前といわれた時代だ。大の男の3日ぶんの稼ぎの祝儀をあげるのだから、やはり志賀直哉や吉井勇みたいな連中と庶民の差は歴然とあるね。それもド貧乏が多い噺家連中とは大違い。吉井勇は馬楽をモデルにした戯曲も書いている。ましてや志賀も吉井もまだ20代。でも彼らのような文士たちを惹きつけるものが馬楽や円喬というか落語にはあったということだろう。漱石だって三代目小さんをほめていたはずだ。考えてみれば、日本の近代文学の祖ともいわれる二葉亭四迷だって、あれ坪内逍遥だったかな、ともかく言文一致の小説は三遊亭円朝を参考にしたはずだから、落後はやはり凄い。

最後はガイキチ扱いされた馬楽だが、晩年の「たわ言」にはどこか考えさせられるものがある。吉井勇もそう思い、忘れられなかったから彼をモデルにして戯曲を書いたのでなないか。

狂馬楽の最晩年の語録。

「そりや可哀らしい魂ですぜ。あなたはまだ人間の魂がどんな形をしてゐるか御存知ねえでせう。ところが私はちやんと知ってゐるんだ。人間の魂つてやつは、ずゐぶん大小がありますけれど、まあ大きくつて碁石位、中には見えねえやうに小せえのがありますよ。紫君の魂はまるで南京玉位で、透き通つて真つ青なんでさあ。しかし、じつと覗いて見てゐると中には星だの海だのが見えるんですぜ。みんな硝子(びいどろ)で出来てゐるんだから堪りませんや。中にはずゐぶん壊れるやつがあると見えて、往来を歩いてゐると時々、魂の粉だらけのところにぶつかることがありますよ。さう云ふ時には気を付けなくちやいけませんぜ。うつかり他人の魂の粉を吸ひ込んで御覧なせえ。それこそ飛んだことになりますから。人殺し、放火、あれはみんなこの他人の魂の粉を吸ひ込んだ奴のすることなんですぜ。何しろ酒に酔つ払つたやうな工合になるんだから怖しうござんすよ」(『師走空』)

「何しろお前さんに一度その機械を見せてやりたいよ。ラムネや何かを作るやうなやつと違つて、何しろお前人間の魂を作る機械なんだから、ちょつと口で話したんぢやあ分らねえ位手が込んでらあね」
「この人間の魂つてやつは、もとが極くチヤチに出来上がつてゐるもんで――さうさな、まあ、硝子の壜見てえなものと思やあ間違ひはねえだろう。その硝子の壜見てえなもんのなかに生命の水つてやつが入つてゐるんだが、人に依つてこの水にいろいろの色があるんだて。赤いやつ、青いやつ、紫のやつ、黄いろのやつ、それから中には黒いやつもある。ちよつと待ちな。お前のはどんな色だか、今ちよつとおれが見てやろう」(『髑髏舞』)

「世の中に幽霊なんてねえなんて云ふやつがあるが、あいつは嘘ですぜ。幽霊はたしかにあるに違えねえ。誰でもみんな魂のねえやつはねえでせう。魂つてやつは円い硝子の壜なんだが、そのなかに入つてゐる水の色が人によつて違ふんだ。真つ赤なやつがあると思ふと、真つ青なやつがある。中には真つ黒なやつがあるけれども、こいつは一番小さいのさ。しかしこの真つ黒なやつは今にだんだん多くなつて来るね。私のも真つ黒だ。あなたのも真つ黒だ。この魂を時々壊すやつがあるんだね。何しろ硝子だから直ぐ壊れらあね。さうすると大変だ。直ぐ気狂ひになつてしまふ――」(『狂芸人』)


馬楽は何を見ていたのだろうか。そういえば、昨年亡くなった立川談志も馬楽が好きだったっけ。

芸人と旦那(パトロン)の関係というのも興味深い。馬楽たちの旦那だった鈴木台水とか、八代目文楽の旦那、ひーさんこと樋口由恵とか。みんな財産を蕩尽した。粋だねえ。芸術家にはパトロンはつきものだ。バッハだってモーツァルトだってワグナーだってパトロンがいた。
どうせ金を使うなら芸術につぎ込めばいいのにね。

カミさんも常日頃から、もし自分にお金があったら若くて才能があるKPOPアイドルのパトロンになるのに、といっているが、今のところその望みが叶う予定は当分なさそうだあね。


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