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龍雲

この前、編集部の年賀状を女性スタッフが持って来てチェックしてくれというから、私はエラソーにどれどれと見て、来年は辰年だったかあ? とほざいたのだった。え???とビビる女の子に、違うだろーと。もちろん、辰年でいいのだ。私は、なぜかそのとき、ねぇ、うし、たつ、みぃ、と勘定していたのだ。とら、うぅ、を抜かしてた。赤っ恥をかいた。

龍の字をじっと見つめて落ち込んでいたら、ふと龍を見たことを思い出した。最初は去年2月、以前書いた天野雅道氏に会うために熊本へ行った帰りの飛行機の中でのこと。熊本に一泊して、夜、編プロの若いシと天野さんとでしたたかに飲んだ。翌朝、若いシはお義父さんが亡くなったというので先に帰った。私は残りの取材を終え、二日酔いの朦朧とした頭で飛行機に乗った。機内は比較的空いていて、私は離陸した飛行機の窓からぼおっと外を見ていた。頭カラッポ。というか二日酔いでなにも考えられない。眼下は白い雲のじゅうたんが一面に敷き詰められていて、世界が止まったかのようになにも動かない。空と雲。すると目の端でなにかが動いた気がした。なんだあ、と目を凝らすと、斜め後ろの向こうのほうに、細くて長い白い雲がへろへろと飛んでいる。飛行機の下は綿のじゅうたんのような雲が一面に広がっていて、びくとも動かない。その上をその雲だけがぴろぴろ飛んでいくのだ。へんな雲があったもんだなあ、と思ったが、そのうち、あ、龍だ、と気づいた。ハッと気を取り直して、身をよじってしっかり見ようとしたが、もう視界から消えようとしている。私は、後ろの席の人も見ているはずだと思い話しかけようとしたが、その人は何事もなかったかのようにしてるので、やめた。

私は腕組みをして、そのときは、二日酔いで幻覚でも見たのだろう、ということにしたが、やっぱりあれは白龍だったのだと思う。あの方向だと、九州か沖縄か、どこか南のほうに向かっていたのだろう。

そして今年、横浜パシフィコで船井幸雄氏の大きなイベントがあって、会場に着いたとき、横浜パシフィコの真上の空にドギモを抜かれるような大きな龍がかかっていた。もちろん雲なのだろうが、その鱗のある胴体からして龍としか見えない。あまりに大きくて端が見えないから、胴体を辿っていくと、横浜パシフィコは海辺に建っているのだが、その海の向こうの水平線から胴体が出ている。じゃ、頭はと逆に辿ると、遥か向こうのほうまで伸びていてわからなかった。

そのイベントは2日間催されたので、一泊して翌日また出かけてみると、今度は建物の真上に、放射状に広がる奇妙な雲があるので、よく見ると角や髭のある巨大な龍の頭だった。前日もそうだが、携帯のカメラで撮影しようとしたが、SDカードがなんたらでどうしても撮れない。でも、龍の頭は皆気にしてないようだったが、前日の胴体のほうは、会場のまわりの人たちも空を見上げて何事かいっていたので、見た人はかなりいると思う。まあ、控えめにいっても龍としか見えない大きな雲であった。

そして10月29日。熱海で、『ヤスの備忘録』の高島康司氏のセミナーが前日28日の夕方からあって、コルマンインデックスでいうところの第9サイクルの終了(マヤ歴が終わる日。日本時間で10月29日午前9時。コルマン博士の最新の論文によると、28日以降も第9サイクルは続いているという見解のようだ。詳細は高島氏のブログを参照)に立ち会いながら勉強会を開くという、なんともシビれるような企画に参加していたのだが、一泊した翌日の午前中、まとめのセミナーのときに、旅館の窓から空を眺めていると空に龍がいた。今度はあわてて携帯で撮影しようとしたが、セミナー中だったのでまごつて、消えかかってるところをかろうじておさえたって感じ。下の写真がそうだが、これじゃアップしないほうがいいか。
NEC_0017_convert_20111218174738.jpg

ちなみに、セミナーを午前中に終え、小田急線で厚木に行って息子と昼飯を食いながら酒を飲み、一杯加減で駅のホームに座ったら、バカボン山田さんから電話があり、「昨夜からミロクの世界になりました」と。
なぬ!と思ったが、コルマンインデックスのことかと思い、そう聞いたら、「なんですかそれ?」「知らないんですか? そのことをいってるんじゃないんですか?」「いや、聞いたことはあるけど、あれは来年の12月とかじゃなかったっけ?」この人は10月28日にマヤ歴が終わることを知らない。じゃあ、いったいどこからその情報を…。恐るべしバカボン山田。恐るべし高次元情報! ミロクの世界とはどういう世界なのか? 
そして我々はこれからどう生きていくのだろうか? こりゃ当分、バカボン山田さんのブログから目が離せないわな。

まあ、とにかく雲は雲だ。私には龍に見えたが、まあいいさね。

物の見え方は人によってかなり違うようだ。コロンブスが新大陸に着いたとき、原住民たちには、大きな錨を海に落とした巨大な帆船が見えなかったという話がある。彼らの現実ではそれまで帆船のようなものは想像だにできなかったので、意識が削除したらしい。ただ、部族のシャーマンの老人だけが、海に立ったさざ波に気づき、意識を調整すると帆船が現れた。シャーマンは部族の皆にその技術を教え、ようやく皆も確認したということだ。この話は、先に取り上げた『マトリックス・エナジェティクス』に出てくる。話の信ぴょう性に疑問を持つムキもあるようだが、著者のリチャード・バートレットがいうように私もこの話が好きなのだった。

現実はバームクーヘンのように何層にもなっていて、それぞれの層にそれなりの現実があるのかもしれない。それぞれの層(周波数)に意識を合わせることができるようになるとすれば、我々の現実に対する認識はどのように変わるのだろうか。

例えば誰かに、あなたは翌朝目が覚めると、あなたの娘さんはあなたの前にはいません、と催眠術をかけたとする。すると、その人は朝目覚めて、娘さんが目の前に立っても、娘さんを認識することができないのだ。それどころか、娘さんの真後ろにある時計の針を見ることすらできる! 娘さんはどこへ? 意識というか脳が認識するのはどうやら量子の海に漂うある一部の周波数のようなものらしい。私が見た龍のような雲も、見る人が見れば完全な龍に見えるのかもしれないし、ただの雲に見えるのかもしれない。

だいたい私は子どものとき、顕微鏡を買ってもらって、髪の毛とか鼻くそとかほこりとかあらゆるものを覗いていたが、レンズの調節の仕方によって見えるものが違うのが不思議だった。調節をいじると今まで見えていたものが霞み、消え、なかったものが浮かび、現れる。レンズの焦点うんぬんかんぬんで当たり前なのかもしれないが、どうも理屈がわからなかった。それで、世にいう幽霊のようなものもきっと同じことだろうと、これは一生研究するに値する学問だと思い立ち、日本に超自然現象研究所を設立すべく奮闘するのであるが、今のところただの酔っぱらいです。


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雲を消す

昨日は合気柔術の2回目の稽古。実は先週、アスファルトで酔っぱらってすっころんで左足の膝と尾てい骨をしたたかに打ってしまった。そのときは酔ってるから、あ、痛ぇ! で済んだが、翌日見ると膝が腫れて血が出ている。これは、次の稽古はできないんじゃないかと思った。だって受け身とれないだろう、痛くて。
でもまあ、そこは根性でのこのこ出かけたが、やっぱりダメ。最初はよかったが、師範にスッ、ストンとやられたら尾てい骨にガーンときた。座とり(正座でやる)にしましょう、ということで何とか稽古してもらった。

ケガといえば、去年だったか、パワースポットの本(けっこう売れた。それからちょっとブームになったし)で監修してもらった天野雅道さんもいってたが、これから(アセンションに向けて)、病気とかケガ、トラブルなど、ネガティヴな体験をしていく人が増えるだろうが、それは必ずしも悪いこととは限らず、その人のカルマ(業)を清算しているのだと。これまでだったら、そういうことはある程度時間をかけて起こるのだが、アセンション期間に入ると、人によっては早く清算させようとして、そのテのことがいろいろと起こってくるらしい。
アセンションについてはまた別の機会に書いてみたい。

たしか東洋医学でも瞑眩(めんけん)といって、具合の悪い体に何か施した後、症状が一層悪化することがあるが、それはいわゆる好転反応で、悪いものを一気に出して体をもとに戻すという自浄作用らしいから、先のケガの話も同じようなことなのだろう。そういうことだから、私も清算清算と喜んでいようと思うが、いまだに痛くて、先週首が痛くて寝るときに頭を持ってたように、座るときに手を突っ張って尻を持ち上げて腰かけてる。情けないことこのうえない。

それにつけても合気柔術のすごさよ。相手の肉体ではなく、肉体を流れてる、といっていいのか、取り巻いてる、といえばいいのか、よくわからないが、とにかく気(エネルギー)のようなものをとらえなくてはならないから難しい。それをとらえたときは、私のような初心者でも、ほとんど力を使わないで相手を倒せる。
師範や兄弟子には、そうそれそれ、その感じ、といわれるのだが、私自身は目が点で、何の手ごたえもないのだから何がいいのかわからない。もう考えるのをやめて、バカになって同じようなことをするしかない。
まだまだ習得への道のりは長そうだが、とにかく続けることにしよう。

しかし、最近テレビがほんとに面白くない。まあ、一部のドキュメンタリーとかドラマとか海外の番組で興味深いものもあるが、特にバラエティ関係、お茶の間ニュース的なやつ(コメンテーターが何人か出て何かいう)は、もうなんというか、ギャグですらないような…。玉蔵さんじゃないが、たしかにシュールともいえる。
こいつらに魂というものがあるのかな、と思ってしまう。ちょっと違うな。出演してる人たちも自分の役割を一生懸命演じてるのだろうから、個人的にひとりひとりの人間性のようなものに対してとやかくいいたいのではなく(だいたいその人の人間性なんてわからないし)、その番組のノリというか流れというか、構成といったらいいのか、こうしたらこう反応してこういうふうに持っていって視聴者はこう受け取るだろう、というようなものが絶望的に古いというかズレてる気がしてしょうがないのだ。これは誰が悪いのか。いいとか悪いという問題ではないのかな。視聴者が求めてるから内容もこうなるのか。そうじゃないだろう。やっぱり番組を創ってる側に問題がありそうだ。何か面白いもの、を創造できなくなっているのではないか。これまでの既成概念を超えて想像するという力が、そういうものなくしては成り立たないはずの仕事に従事してる人たちになくなってきてるとしか思えない。

考えてみれば、大企業だったり高年収だからという理由で会社を選ぶようなことになってしまったツケなのかもしれない。いわゆる大会社に入ること自体が目的だから、ソニーとフジテレビと講談社とキリンビールを受けたりする。景気がいいときはそのまま与えられた仕事をこなして高い給料を貰ってればよかったが、不景気でどん底のときは、その業界や会社の生き残りがかかってくるから、世の中の流れを捉える力とか斬新な発想力とかとんでもない企画を実行してしまうと突破力とか、そういうものが切実に必要になる。というか、それがないとその業界なり会社はまずつぶれる。
やはり人なんですね。人材という言葉は使いたくないけど。ちなみに、講談社とか書いたが、並べるのはちょっとおかしいね。出版業界なんてちっぽけなもので、全部たばになってかかってもキリンビール1社の売り上げにもならないだろう。そんな業界の片隅で生きてますです。

話がしみったれてきた。落語だったらここで八五郎が都々逸のひとつふたつかますのだろうが、こちとら無粋な酔っぱらいだからなあ

あ、あと、『森の魔法』でchachaiさんのコメントを見て思い出したけど、雲は消したり出したりできます。
知ってる人は知ってるけど(当たり前だ)、水の結晶の研究家で有名な江本勝さんがいっている。
空に浮かんでる雲の中から適当なのを見つけて、その雲に念のようなものを照射して消してるイメージを送る。そして、雲が消えました、ありがとうございました、と声を出して過去形でいう。そうすると、しばらく見てると雲が消える。これは誰でもできます。ウチの娘でもできる。不思議だけど本当だからしょうがない。
江本さんにいわせると、一時期これがはやって、ある学校では「雲消しは禁止」になったらしい。
その話は知らないけど、なんか楽しくありません?

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プロフィール

∞酒林∞

Author:∞酒林∞
世の中の皆様こんにちは。
私はただの夢見る酔っぱらい。
夜な夜な昼間にそば屋うなぎ屋ラーメン屋、
飲んで歌って吠えてます。
いつまで続くか酔っぱらい。
帰ってくるのか酔っぱらい。

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