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映画って本当にいいもんですねえ

よくまあ毎日飲んでると自分でもあきれる。打ち合わせだ食事会だと言ってはいるが、やはり飲む。打ち合わせは毎回しっかりやるし新企画や新しい人脈にも必ず繋がるのだが、飲む。これは外国人とも同じだね。といっても最近はアジア人とばかり会っているが。体がもたないときもあるし、よく人からは、ご自愛を、といわれる。よほど心配されるような飲み方なのだろう。でもまあ、私は15歳から飲んでいるから今さらジローだし、死んだ親父も毎晩欠かさず大酒かっくらっていたが肝臓はなんともなかったという人間だから、自分もそうなのかもしれない。飲んでるほうが調子がいいくらいだ。そういえば新宿のG街で西部邁氏と同席したとき酔っぱらいの話になって、西部氏は、人間酔っぱらってるくらいがちょうどいい、そりゃ時には間違いもあるだろうが、酒はやがて醒める、すると反省する、反省したぶんだけ進歩する、現実は永遠に醒めない悪夢のようなもので・・・などと言っていたのを思い出す。西部先生、私はもう30年以上もちょうどよく生きてきたんですかねえ。

昨夜はバカボン山田さんたちと軽いオフ会&打ち合わせ。話は尽きず、あっという間に時が経った。いろいろ始動し出したって感じ。帰って家でケーブルテレビをつけたら『空の大怪獣ラドン』をやってて、ありゃと。ちょっと前にこのブログのコメント欄でラドンの名が出たこともあり、そのまま観てしまった。

1956年だって。終戦から10年でこういう映画を作ったというのも何だかすごい気がしてきた。東映初の総天然色映画というのも力が入ってないか、怪獣映画だぞ。東宝のゴジラから始まってラドンにモスラ、ガメラにギャオスにキングギドラときたもんだ。小学生時は何とも思わず夢中で見てたが、ウルトラマンにしてもセブンにしても、日本の怪獣ものはやっぱり大したものなんじゃないか。怪獣も何とか星人もいろいろ悪さをするのだが、そして最後は正義の味方にやっつけられて死んじゃったり逃げたりするのだが、どこか一抹の哀しさがあるような・・・。ラドンだって最後は溶岩に焼かれてゆっくりと死んでいくが、それを見ている自衛隊の連中にも悲しみの表情があったような・・・。ゴジラにしたって人類が作った核のせいで生まれたわけだろう? 生まれてはみたもののまた人類によってやっつけられる。うーむ、ゴジラの立場は。

でも特撮ものの原点はやっぱりアメリカのキングコングだろう。円谷英二があれを観て特撮の監督を目指したってくらいだからね。さすがアメリカ、ああいう大ナタ振ったようなエンターテインメントはうまいというかスケールがでかいというか。キングコングは1933年。日本人も度肝を抜かれたんだろうな。何でも、あの怪物は本当にいるのかと問い合わせが殺到したというから、かなりの影響を受けたでしょう。

影響といえば、日本の黒澤明や小津安二郎たちの映画の世界への影響は言うまでもないが、ユル・ブリンナーやスティーブ・マックイーン、ジェームス・コバーンが出た『荒野の七人』という映画は子ども心によく覚えている。黒澤の『七人の侍』のリメイク。横行している強盗団の村の略奪から貧しい村人たちを守るために七人の男たちが安い報酬で用心棒となる話だ。話も面白いが、印象に残ったのは、その中のひとりが死ぬ場面。そいつは、そんな安い報酬(20ドル)でこんな仕事を引き受けるヤツがいるわけがない、何か裏があると勘ぐっていて、ユル・ブリンナーたちや村人に聞いて回っている。そんなものはないと言っても、まあいい、とか言って訳知り顔でニヤニヤしている。最後、撃たれて死ぬのだが、死ぬ間際ユル・ブリンナーに介抱されながら、最後に本当の目的を教えてくれと言う。ユル・ブリンナーはちょっとの間考えていたが、金(きん)だ、という。そいつは、やっぱりなというふうにニヤっとして、いくらだ?と聞く。ユル・ブリンナーは50万ドルでひとり7万ドルだと言う。そいつは心底嬉しそうな顔をして死んでいく。うろ覚えだがそんな感じだった。そのシーンが妙に印象に残った。

ユル・ブリンナーはなぜ嘘を言ったのか。死んだあいつは何で安い報酬の仕事が信じられなかったのか。まあ、今となれば理解できるが(当たり前だ、いい歳なんだから)、当時の私にはよくわからなかった。というか、ユル・ブリンナーが相手を思って嘘を言う気持ちはなんとなくわかったが、そいつが金づくでしかものを考えないという感じがわかりにくかった。他の六人たちの内面は、日本の映画というか日本にある物語の流れとしてはわりとわかりやすいものだ。でも当時のアメリカ人たちにとっては、あえて原作にはないあのシーンを入れないと、仕事に意気を感じた他の六人の男たちの心情というのがうまく理解できなかったのではないか。誤解されるとまずいが、アメリカ人が皆、金づくでものを考えていると言ってるのではない。その証拠に、ユル・ブリンナーは黒澤の『七人の侍』を観て感激したわけだから。あれ、ユル・ブリンナーはロシア人だっけ?

私の中ではベスト3に入る映画に『無法松の一生』がある。何回観ても最後は涙を禁じ得ないのだがっていうより号泣ものなのだが、『荒野の七人』の話を書いてたら思い出した。『無法松の一生』は戦前の阪東妻三郎主演のものと戦後の三船敏郎主演のものの2本が有名だ。阪妻のほうは検閲を受けていくらかカットされたので、監督の稲垣浩が戦後三船版で完全リメイクした。私は両方観ているが、三船版が好きだ。相手の女優が高峰秀子なんだよね。九州小倉の超貧しい車夫、松五郎の話。出自の問題(だろう)で人力車夫になっている松五郎だが、その男気と肝っ玉は世が世ならどれほどの偉業を成し遂げ得ただろう。世話になっていた陸軍の大尉が死んで、その未亡人(高峰秀子)に恋するがじっと胸に秘め、ひとりっ子の敏雄ともども陰に日向に見守っていく。日本映画の傑作のひとつだと思うが、脚本は伊丹万作だ。伊丹万作は日本映画を代表する監督のひとりだが、戦中はいっさい戦争礼賛映画は撮らなかった。本人は病気して撮れなかっただけと言うが、そうではないという説もある。息子の伊丹十三もそのへんに思いがあり、俳優から後に映画監督に転身し、『マルサの女』『ミンボーの女』ほかいろいろ映画を撮った。のではないかと勝手に思っている。伊丹十三にはもっともっと問題作を製作してほしかったが、死んでしまった。

『無法松の一生』には原作があるが、伊丹万作の脚本としてのほうが有名だ。戦争中、中国人たちがこの映画を観て、感激しまくって、日本人というのは一体どういう連中なんだ的なことを言ったという話をどこかで読んだ。

伊丹万作は昭和21年というから終戦の翌年、戦争犯罪人を糾弾する団体の発起人に名を連ねていたが、そのいきさつ他、誤解をあらためる文章を『映画春秋』に寄せていて、その人となりがよく出ている。一部抜粋するが、伊丹万作は日本の将来もある種見通していたともいえるかもしれない。

(略)つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
 
そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。
 
このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。

 そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。

 それは少なくとも個人の尊厳の冒涜(ぼうとく)、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。

 我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。

「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人人の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。

「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。

 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱(ぜいじやく)な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。(略)
(『映画春秋』昭和21年8月号)


何だか話がへんにそれたような気もするが、まあいいか。

これからまた飲みに出ます。18時に高円寺か・・・
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やさしいキスをして

いつもよりちょっと早い更新だ。

実は前回ももっと早く更新できたのだが、何回やっても記事がアップできない。こりゃ、Youtubeの動画をいっぱい貼りつけたからだなあといろいろ削除したりしたのだがダメ。こりゃ、アクセスが集中してるからだなあと数日待ったがダメ。そしたら、単に記事が「非公開」に設定されてただけだった。とほほ。

昨日、バカボン山田さんちに行って、バカボンブログの記事にアップされて物議を醸している「フリーエネルギー」を発見しちゃったかも事件の磁石クルクル現場を目撃してきた。すごいですねえ。本当に回ってました。皆さんご存じだと思うので、詳細は上記のバカボンブログで確認してもらうとして、私はその映像だけを貼りつけておきます。何でも数週間一心不乱に集中研究した結果らしい。以前からChachaiさんとエーテルとか四つの力とか八力とかなんとかいろいろ盛り上がってるのは知っていたがここまでやってしまうとは…。恐るべし、バカボン一家。



玉蔵さんヤスさん、ほかいろいろなブロガーの記事拡散協力も功を奏したようで、試作品製作や資金提供等の協力者が現われ始めてるというから、もうこういった流れは誰にも止められない。既得権益にしがみつく連中もいいかげんこうした新技術、新発見に繋がるかもしれない発想力に積極的に協力して、これまでのことはもういいから未来の人類のためにもお金でも何でも出しなさい。いっぱい持ってるんだから。自分たちじゃ使いきれないくらい。

磁石クルクルのあとみんなで近くのうなぎ屋さんで打ち合わせと称した食事会(私は飲み会)。いろいろ語り合っている中ふと見ると、1歳のにこぷ~がクルクルと浮かんでた。おおっ!反重力か!?

しかし、最初バカボンさんの磁石クルクルを見たとき、子どもの図工工作かと思った。なんと無邪気でクリエイティブで愛らしいのだろうと。幼稚園の授業参観で見た作品群のようだ。子どもたちがみんな思い思いに作ったさまざまなオブジェ。何か懐かしい気がした。本当は我々はみんな知ってるんじゃないだろうか。必要なものはすべてある。ただ思い出せばいいだけなのかもしれない。学校がよくないのかな。学校はあらかじめ決められた解答と合致した解答をするように頭の中に枠を作るところになっちゃった。学校は友だちを作るところだろ、まず。そんだけでもいろいろ学ぶぞ。

磁石クルクルは、koro先生こと神坂新太郎氏を思い出させる。koro先生は大正8年生まれで2007年9月11日に亡くなった天才物理学者だ。軍事教育に反対して中学を退学、既存の科学的常識にとらわれない自由な研究をした。いわゆる銀河宇宙生成の謎を解いて、「銀河運動装置」で宇宙のミニチュア版を創った。それで作った?水、「銀河蘇生水」は死んだ金魚を生き返らせた。ちなみにこの水、今は「E水」といって、その水を作る「銀河の泉」という甕が販売されている。さらにkoro先生は、終戦時期だったか、ドイツのラインハルト・シュルツェ博士からプラズマ理論を学んで、なんとふたりで創ったプラズマ球は、犬に当てると犬が宙に浮いた。この技術はアメリカに持って行かれ、UFO研究に使われた。koro先生のことは『世の中大転換の行き先は五次元です』などの書籍のほか、koro先生に私淑してたjimi氏のHPにも詳しい。私もそれで知った。

Koro先生は宇宙に真空はないという。宇宙は「天然静止エネルギー」で満たされている。「存在圧」ともいうらしい。アインシュタインが否定した「エーテル」みたいなものだろう。宇宙が真空だったら宇宙船は飛べない。当たり前だ。反作用は作用する対象があるから成り立つ。宇宙空間が真空だというのは近代科学のあやまちの最たるものだ。宇宙は何かで満ちている。エーテルでもいいし、koro先生の天然静止エネルギーでもいいし、ゼロポイントエネルギーでもいい。何かがある。光、光子でさえその中にある。アインシュタインが光速を超えるものはないといったのは、測定する道具が光だからだ。意識は光速を超える。だいたい、宇宙全体は97%(だっけ?)は何だかわからないものだということがわかっちゃった。ダークマターとかダークエネルギーとかいっているが、要するにまだよくわかってないもので満ちているということだろう。それがエーテルとか天然静止エネルギーとかゼロポイントエネルギーと呼ばれてるものなんじゃないか。それで、人間の脳もたしか97%くらいは使われてないんでしょう? DNAだって97%はジャンクだといわれている。そんなわきゃあない。97%も不必要なものであるはずがない。人類の科学はたったの3%しかわかってないというだけのことだ。そんな3%よりも、どうにかして脳の、あるいはDNAの残りの97%と宇宙の97%がどういうふうに関係してるのかのほうに興味がある。実は同じだったりして。じゃあ、我々はやっぱり宇宙そのものじゃん。

ともかく、バカボン山田さんの磁石クルクルはkoro先生がせっせと創っていたわけわかんないものに通じる気がする。そういえばバカボンさんもkoro先生と交信してたっけ。

koro先生もみずから材料を集めたりして日曜大工のように創っていたという。もっと大がかりに似たようなものを創っていた人たちはみんな途中でやめちゃったらしい。大がかりになると潰されるんだと。邪魔も入る。どこから?って、そりゃあ、あなた…。

これからはフリーエネルギーにとどまらず、病気、食糧など、巨大産業を牛耳る企業にいいようにやられてきた分野に、バカボンさんのような市井の人たちのアイデアと好奇心とヤンチャによって新風が巻き起こっていくでしょう。そんでこれまた大勢の市井の人たちの応援でその情報が世の中にどんどん出ていく。めでたしめでたし。

病気といえば、飯山一郎氏のブログで知ったことがあるので下に動画を貼っておきます。AKBの増田有華?っていうの? 実は私は知らないのだが、何でも小さいころ重い病気にかかり深刻な事態だったらしいが、治っちゃったと。歌で。テレビ番組の『アンビリーバボー』からだが、ちょっと見てみて。12分くらいあるんだが、ああそのテねと早合点しないで我慢して見てもらって、もうひとつ下の増田ちゃんの映像も見てちょ。



そんで彼女の歌。



飯山氏も言ってるが、たしかに歌はイマイチだが、なぜか聴かせるじゃない? 歌唱力はあるよね。
でもこれって、AKBをよく知らないただのオヤジの・・・

シクスティーズ

本当に1週間ごとに更新してるなあ。あっという間に1日が終わるし。と思ってると、ヘンなときに時間の感覚が遅くなったり、おかしくなる。やっぱり時間はリニアなものじゃないね。その場というか、空間というか、意識というか、そういうものに付随してるね。それこそ前回の量子テレポーテーションじゃないが、ある種の操作で各人が時間を早めたり、遅くしたり、要するに昨日が今日になったり今日が明日になったりしたら、お互い共通の時間を持つことができなくなるというか意味がなくなるだろう。明日のこの時間にまたここで会おうったって、あれ?もう明日になってるのかみたいな。わけわかんないことになる。これ、マジでこうなるかも、これからは。

そういえば前からときどき登場させてるリチャード・バートレット『マトリックス・エナジェティクス』の2が出たですよ。知らなかった。私としたことが。速攻でアマゾンで買って、急きょ決まった韓国取材に行く当日の朝届いたから、新幹線の中と船の上!でずっと読んでた。いやあ、シビレました。基本的にはと同じだが、1でよくわからなかった部分や、同じことでも2によってより深く理解できたことがあったので感動した。マトリックス・エナジェティクスは前にも紹介したが、紹介ってほどじゃないか、まあでも取り上げたことはあるが、大雑把に言えば、量子論を大前提にした自分の世界の変容について書かれている本だ。自己啓発とか引き寄せの法則とか思考は現実化するとか、同じような世界観と言えなくもないが、私に言わせれば、バートレットの方法はもはや当たり前の「科学」だ。今までの人類の大半の人々が当たり前のように思っていること、たとえばリンゴを持ち上げて手から放せば下に落ちるとか、前を歩いてる人を走って行けば追い越せるとか、ニュートン力学と言ってもいいが、そういうことと同じくらい当たり前の科学らしいということだ。らしいというのは、私にもまだ若干疑念が残っているからだろうが、バートレットの本に書いてあることをときどき思い出して実践してきた私は、今回の2で、ほう、そうなんだとかなり腑に落ちたこともあり、もう少し真剣に試してみたのだが、どうもこれは本物かもしれないと。あまりこれ以上言うと引かれるだろうが、どうやら私たちの中にはやっぱりキリストや釈迦や空海と同じ力があるみたいですぞ。

違う違う、今回は前にも言った昔のテレビの話をしようと思っていたのだ。このままだとまた話がそれる。

昔のテレビというのは幼少のころだ。そのころのテレビ番組を思うと懐かしさもあるのだが、なんとなく暗いというか、怖くて暗いようなイメージしかとは言わないが、そういうイメージが先に立つのはなぜだろう。うちが貧乏で世が暗かったから? そうではないだろう。うちは極端な貧乏ではなかったが裕福でもなかった。世の中は公害問題などのようなものもあったが、基本的に高度成長の時期だったはずだから明るかっただろう。大阪万博もあったし。テレビでみんな観たはずだ。♪1970年のこんにちは~♪と三波春夫が歌っていたから、万博は1970年だ。でもその年に公開された映画『家族』は暗かった。いや当時映画館で観たのではなく、テレビでやったのを観たのだがどうにも暗かった記憶がある。山田洋次監督だし、倍賞千恵子は好きだからいいのだが、話のスジがどうにも重いというか辛かった。長崎に住む一家が、貧しさからだろう、一念発起し北海道に移住する話。これからはネタバレの部分もあるかもしれないが、北海道に行く道中、赤ん坊が死んだりいろいろあって、その中で大阪万博に立ち寄るシーンがある。もう人人人という感じで、ある種の繁栄を現わしてもいるはずなのだが、なんか暗いシーンだったように思い出す。一家もあまり楽しんでいなかったような。食い物が高いとかなんとか、倍賞の夫役の井川比佐志があの眉間を八の字にした得意?の表情でぼやくみたいな。ああいう役はうまいね井川は。暗い暗いばっかりで恐縮だが、お前が暗い子だったんじゃないの!って言われればそうかもしれない。自分の中に暗さみたいなものに惹かれる部分があるから暗いイメージがより強く印象として残っているということは十分ありそうだ。

ウルトラQ』も暗かった。オープニングもみんなが知っているように(もちろんある世代限定)あの絵の具を水に溶かし込んだようなタイトルバック。図工の時間は男のほとんどがこれをやったはずだ(もちろんある世代限定)。



『ウルトラQ』はあとから考えてみればちょっとコミカルだったり、社会批判だったりして冷静に判断できるが、映像から受けた当時の印象あるいは今の記憶の中の印象としては不気味さが先に来る。ケムール人とか知ってますか? ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、とか笑いながら夜中に町を走る黒い怪人。巨大なケムール人が夜の観覧車と一緒に写っているシーンが有名ですね。何なんですかあれは? ちょっと前に流行ったゴム人間の巨大版みたいなものか。



カネゴンにしても、金の亡者?になった主人公の両親が狭い居間でカネゴンに変身したラストの映像はフツーに観て不気味だろう。モノクロ映像というのがまた不気味に映るのか。でもカラーだった(よね?)『ウルトラマン』だって、ヒーローものになったことでどことなく頼りになる感じ、頼もしく強く明るい雰囲気にもなったが、モノによってはやはり不気味だった。ミイラ怪獣ドドンゴとか知ってます? どこかの岩壁に埋め込まれたような遺跡のような、あれは何なんだろう、鳥のような龍のような怪獣。たしか、ドドンゴー、とか叫ぶんじゃなかったっけ? 雨が降ってたような気もするが、そんな中、岩壁からドドンゴという叫びとともに巨大なドドンゴが動き出す。『怪奇大作戦』も怖かっただろ。「青い血の女」とか観た? あれはちょっとトラウマになった。『恐怖劇場アンバランス』も『トワイライトゾーン』ほど洗練されておらず、どこか日本的というか日本限定的な暗さや不気味さを醸し出していた。財津一郎が出てたヤツがまたなんとも言えずよくて、よくてというのは、私の中にあるあのころの独特のニュアンスというか印象は、テレビ局とか歌謡曲に密接に関係していて、そういうものに通じるという意味だ。財津はテレビ局関係者の役だったと記憶する。

だから、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」とか今はときめいちゃってるが由紀さおりの「夜明けのスキャット」などを聴くと、あのころの独特のニュアンスがよみがえってきて、自分の中にある種の雰囲気というか印象が満ちてくる。

あのころの円谷プロはスゴイね。60年代半ば。



他にも、『河童の三平』とか『悪魔くん』の水木しげるもの、そういえば『悪魔くん』のオープニングも気味悪かった。エロイムエッサイム~と洞窟の奥からこれまた女の声が響いてくる。



子供が観ていいのかあ、これ。

ちょっとアダルトな感じで『ザ・ガードマン』、これも夏場なんかには必ず怪談ものをやっていて私は楽しみにしていた。この番組のオープニングも曲調が暗め。ベンチャーズのようなギターのインストで男のナレーションが入る。



その他、手塚治虫の『どろろ』のようなアニメにしたっていろいろ前時代的な要素が入ってきてなかなかに不気味だった。あれはオープニングも怖かった記憶がある。



あれこれ思い出しているとキリがないからもうやめるが、中でも極めつけだったのは『怪奇ロマン劇場』だ。知ってる人いますか? 私はこれまでこの番組を知ってるという人に会ったことがない。と言ってもあたりかまわず聞いたわけじゃないが、酒かなんか飲んでて今回のような話になったときにふとたずねてみるのだが、いつも誰も知らない。10チャンネルのNETで毎週夜の10時半やっていた。あれはいつごろだったのか、60年代であることは間違いがないが、1965、6年ころか。これはマジで怖かった。でも私は欠かさず観てた。というか母親が観ていたので便乗していたのだ。スポンサーがマルマンガスライターで、番組が始まる前だったか途中だったかは忘れたがそのコマーシャルが入り、これもまた見事に不気味な映像で、「提供は、マルマンガスライター」とかなんとか低く囁くような女の声でナレーションが入り、真っ暗なバックに手がにゅうっと出てきてライターをボッと灯すみたいな。番組も怖けりゃCMも怖いのかよ!とツッコミたくなるような番組だった。

なんと!YOU TUBEにオープニングがあった。



ぎょえ~って感じでしょ? 今観ても怖いぞ。

まだまだ話したりないが、次は70年代のオカルト、怪談関係のネタでもいきますか。

大難を無難に

また1週間が経ってしまった。というより1年も経ってしまった。東日本大震災からだ。あのころのことを思うと何ともいえない重苦しい気持ちになる。こういう言い方は適切ではないかもしれないが。

私は東京にいたわけだが、駅のホームも暗く、繁華街の夜も街灯を落とし、昭和30年代40年代の夜のようだった。いつだったか、去年の暮れか今年の始めかに、何かの特別番組で例のポポポポーン!のCMを流していて、それを聞いた途端そのころの気分に引き戻された。一瞬にしてだ。音楽の力をあまり有難くはない形で思い知らされた。

もちろん、そんな中でも日常の悲喜こもごもがあったわけで、それなりにバカもやっていた。それでも3月11日から数ヶ月は、全体のトーンとしては重苦しいものだったろう。特に関東以北は。

世の出来事が皆、必然ならあの大震災にも大事な意味があるのかもしれない。あとになってわかることかもしれない。犠牲者が約1万6000人、行方不明者を入れれば約2万人、そんなもんに何の意味があるのか、といったムキもあるかもしれないが、先の世界大戦にしろ、湾岸戦争イラク戦争にしろ、関東大震災、チリ地震、スマトラにしろ、フランス革命、文化大革命にしろ、ムー大陸、アトランティスの沈没にしろ、人類に襲いかかった、あるいはしでかした災難は数限りなくある。その犠牲者の数はもはやカウント不可能だ。それらに何の意味もないならば、この世はなんと愚かで無根拠であることか。といったニヒリズムはもう流行らない。というか必要がない。意味を見つけなければならない。創造しなければならない。と思う。私は、その意味は始めから決められているのではないかという立場です。いまだおぼろげではあるが、それでもおぼろげにくらいはわかってきたようだ。現在はそんなところでしょうか。

それとも関連があるが、最近、宮台真司氏が標榜する、「任せて文句を垂れる社会」から「引き受けて考える社会」へ、「空気に縛られる社会」から「知識を尊重する社会」へ、には大いに共感する。「社会」の部分を「会社」とか「組織」「個人」とあてはめてみればいい。こういった変化というか志向に関しては、すでにコルマンインデックスにおいて指摘、提起されている。コルマンインデックスはすでに知っている人も多いだろうが、スウェーデンの科学者カール・ヨハン・コルマン博士が、博士なりに「マヤ歴(マヤカレンダー)」を解釈したものだ。博士は、マヤ歴には9つのサイクルがあり、各サイクルに7つの「昼」と6つの「夜」があるという。コルマンインデックスの解説に関しては、人気ブログ『ヤスの備忘録』でも知られる高島康司氏が有名で、第一人者だ。詳しく知りたい方は高島氏のブログか著作を参照するといい。ちなみにブログではここから数回にわたって解説されている。

マヤ歴は、2012年12月21日(あるいは23日)に終了するという解釈がもっぱらで、その日に世界が滅亡するとかなんとかといったことにもなっているわけだが、コルマン博士によれば、2011年10月28日にマヤカレンダーは終わる。つまり、最終サイクルである第9サイクルの第6の「夜」が、日本時間でいえば2011年10月29日午前10時に終了するということだ。というか基本的にはもう終了した。なぜ基本的にかというと、その後コルマン博士が解釈を若干変更したからだが、大枠では大差ない。私はそのとき幸運にも高島氏の勉強会に出ていた。そのへんのことは以前ブログにも書いた。いろいろ不思議なこと、バカボン山田さんの高次元情報が本物であるだろうことなどについて書いた。

マヤ歴が終わって何が起こるのってことだが、高島氏のメルマガから抜粋する。有料のメルマガなので全文は載せられないが、要点だけ引用する。

(以下引用)
日本時間の10月29日、午前10時をもってコルマンインデックスは終了した。コルマンインデックスは特定の日に起こる特定の出来事を予言するものではない。もとより、コルマンインデックスの終了点で世界が破滅することを主張するものではまったくない。

コルマンインデックスは、2011年10月28日のマヤカレンダーの終了点で、今後の変化を主導する主要なトレンドの種がすべて出揃うとする解釈である。コルマンインデックスの終了後には、こうした種が急速に成長・発展し、右脳と左脳のバランスのよい統合のもとに築かれる統合意識に合致した状態へと、既存の社会や経済が根本から変化すると見られている。したがって、大きな変化はむしろこれから起こると考えられるのだ。

それはどのような変化なのだろうか? すでに過去のメルマガで紹介したが、それらは次のものである。

人間の意識の変化

1)物欲や他者の支配を欲する権力欲が衰退し、人間関係に最大限の喜びを見いだす意識状態になる。
2)将来の計画を志向する目的合理的な行動が希薄になり、生きている「いま」に最大の幸福を感じる意識に変化する。
3)競争で勝利し、権力を追い求める強い自我を持った権力型の人格から、多くの人を対話で説得できる対話型の人格へと変化する。

社会システムの変化

4)ピラミッド型の階層構造やそうした構造に基づく権力型の組織が崩壊し、メンバーの協調によるフラットなネットワークの組織が社会のあらゆる側面を担うようになってゆく。
5)無限の物欲の再生産と、無理な成長を強いる消費社会から、社会の実質的な必要性に基づいて生産する実質的な経済へと移行する。
6)根拠のない幻想的な価値に基づく金融資本主義から、必要なものとサービスの生産を中心とした実体経済に移行する。
7)第6サイクルの意識に基づいた古い社会集団への帰属意識の衰退と、国家の弱体化と消滅に向かう流れが出現する。

思想の変化

8)特定の民族のアイデンティティーに過度に固執する民族意識や国家主義が衰退し、普遍的な人類意識が出現する。
9)左翼と右翼、保守と革新というように二極に分化した見方から、どんな対立した見方にも共通点を見いだし、対立を統合する総合的な知へと移行する。
10)人間の外部に存在し、人間を支配する超越的な存在としての神の概念から、一人一人が神や仏の一部であることを実感する方向へとシフト

(以上引用)

まさしく、というか、その通りだとしかいいようがない。実際に私のまわりには上記に当てはまるような考え方、行動をとる人たちが大勢いる。そういう人たちと最も気が合うし、楽しく、未来に可能性が満ち満ちてくるのがわかる。

だから先の宮台センセイの、「任せて文句を垂れる社会」から「引き受けて考える社会」へ、「空気に縛られる社会」から「知識を尊重する社会」へ、にも共感したわけです。特に「知識」は必須必要なもので、バカボン山田さんも言ってるように、「恐怖」は「無知」からくる。ちなみにこれはジョン・レノンの言葉です。私の目の前でバカボン山田さんに降りてきました。恵比寿のワイン屋でバカボン山田さんと小麦ちゃんとで飲んでるとき、私が、なんで恐怖なんてものがあるんだろう、と呟いたら、バカボンさんがじっと動かなくなったなあと思ったら、ジョンがこう言ってると。

話がそれた。

知り合いの編集者(ちなみにこの人はどうしてもヤクザにしか見えない)も同じようなことを言っていた。この人は怖いもの知らずというか、何でも出版する人で、マジかよってものを出版するので、何回か警察のごやっかいにもなっている。彼いわく、人は見えないものに怯える。何だかわからないものに対して、臆病な人は勝手に幻想を創る。怖い怖いとなる。幽霊の正体見たり枯れ尾花じゃないが、ちゃんとした知識があればなんてことないものをおのれの無知からバカげた化け物に仕立て上げてしまう。これは、病気や人間関係、仕事上のトラブル、果ては天変地異の類いに至るまで、なんでもあてはまるようだ。知識や情報を精査しないで、自分の無知と想像力だけで解釈するととんでもないことになる場合もある。ましてや、大メディア、テレビとか新聞だけの情報しかないと、誤情報に振り回わされる。だけならいいが、場合よっては騙される。常ねにオルタナティブを持つことが大事だ。第3の道。選択肢を多く持つということ。決めつけない。いいことだったらまあそれもアリかもしれないが、ネガティブなことにはオルタナティブを持ったほうがいい。そうではないこと、方法、道etc。

このことについては、ヴァジム・ゼランドも言っているし、リチャード・バートレットも言っている。ひとつのことに自分を全部賭けないこと。失敗してもなんでもいいように次の手を作っておくことが大事だ。勝ち目がなさそうなゲームからはさっさと降りて別のゲームを楽しむという手もある。勝ち目がないなら別の目にかければいいだけのことだ。今、資本主義という大きなゲーム場自体が崩落しようとしている。崩壊とまでいかなくとも、スタイルが変わって、実体のあるもの・サービスを中心とした小規模なものになっていくだろう。私は、崩れ落ちてゆく大遊技場の中で刹那的なギャンブルを楽しむというのも実は嫌いではないし、ちょっとだけ心くすぐるものがあることも否定できないが、それに全財産(私にははないが)、全生命を賭けることがいかにバカげたことかくらいはわかる。宴が終わったらみんなでトボトボどこかに帰っていかなくちゃいけないのだ。そういう場所を創っておかなければならない。そこでまた遊べばいいじゃん。

量子物理学では意識が現実を創るということは常識だ。「観測者効果」「波束の収縮」「コペンハーゲン解釈」、このへんで検索すればいくらでも出てくるだろう。今、目の前で生起している「現実」は自分の「心」が創っている。知ったかぶりも私のレベルだと誤解、曲解を招きそうだから控えるが、ゼランドで言えば重要性を下げる、仏教的、とくにGLAの高橋信次氏的に言えば八正道、バートレットも確か中庸(ちゅうよう)ということを言っていたと思う。これらはいずれも同じことを言っているのだと思う。ゼロポイントフィールドだ。そこからすべてが生起していく根本の場。可能性の海。そこに立ち返ることが一瞬でできるようになれば、あらゆる現実を一瞬にして創造することができる。思わしくない出来事も一瞬で修正される。過去も未来も現在の一瞬一瞬に畳み込まれているので、過去も未来も一瞬で変わる。すごいですねえ。そんなことできるんでしょうか。でも量子物理学の最先端では、量子テレポーテーション、つまり「どこでもドア」の研究がされていて、たしか2005年の時点で20年以内に完成されるだろうっていわれてたくらいだから、もはやSFどころか、人間の想像力と創造力はやはりイコールなのだ。だったらジョン・レノンの「イマジン」の世界も実現可能で、そんなのムリだという人がいたとしても、ジョンじゃないけど、でも想像くらいはできるだろうって言いたい。

2012年12月のハルマゲドン? 世界の滅亡にしたって、いったい世界のどれくらいの人々が本当に望んでいるというのか。みんなが望まなければ、想像すらしなければ、それは来ないのではないか。『日月神示』だって、戦(いくさ)は将棋くらいにもなると言っている。ヘタすりゃジャンケンくらいのものになるんじゃないだろうか。よくない予言や預言はそれを回避するためにあるという説もあるくらいだ。

あなたが四角いビルの屋上の角にいて、下を覗いたらそれぞれビルの壁に沿って猛スピードで車が走っていて、このままだと両者は角で出くわし大衝突をしてしまう。本人たちにはわからないが、上から両者を見てるあなたにはわかる。火を見るより明らかにわかる。あなたは両者に携帯電話でも使って予言することができる。このまま行けばあなたたちは正面衝突してしまいますよ、と。両者が予言を無視すればそれは起こるだろう。でも、ちょっと止まって考えて対策を練ればそれは起こらないだろう。

大難を小難に、無難にしたいものですね。

前回の記事のコメントさんから触発されて、今回は昔のTV番組のことについて書くつもりが何でこうなるのか。それと世界各地で起きているという空?から発せられる大音響について。これは『In Deep』さんや先の『ヤスの備忘録』で取り上げられている。ちょっと思い当たることがあって書こうと思ったのだが、また次にしましょう。

死んで貰います

またもやあっという間に1週間が過ぎた。ってこればっか。お前は玉置宏か。

この間家で酒飲んでたらカミさんが、♪戦争を知らない、子ぉどぉもたちぃさあ~、って歌を知らない子ぉどぉもたちぃさあ♪って歌ってて、思わず口から菊正を吹き出した。バカヤロー、おもしれえじゃねぇか!と叫んでから考え込んだ。確かにそうかもしれない。ジローズの「戦争を知らない子供たち」は小学生5、6年のころだったかに流行った。70年代初期。ジローズって杉田二郎がいたフォークグループね。杉田ともうひとりの何とかジロウってのがいて、ふたりでジローズ。杉田二郎といってもある年代以下はわからないんだろうな。あの顔の大きな人だ。「ANAK」を歌った人といってもわからないか。ジローズの前はシューベルツにいた。あの『風』の、はしだのりひことシューベルツ。♪人は誰もただひとり、旅に出て~♪の「風」だ。はしだのりひこ(端田宣彦)は好きだった。小柄で、フォーククルセダーズの加藤和彦と並ぶとオール阪神巨人かとツッコミたくなる。

はしだのりひこはいろいろとグループを結成したが、クライマックスの『花嫁』はバカヒットした。はずだ。♪花嫁は、夜汽車に乗って~♪、は70年前後に物心ついてる人なら誰でも知ってる。はしだのりひこの歌は、ずべてじゃないが、好きだ。とくに「花嫁」は好きだった。メロディにどこか哀しさというかロマン(という言葉は大嫌いなのだが、こういう言葉がぴったりくることもあるのだな)というか、何かある。「風」はあまり好きじゃなかったのだが、メロディにはやはり「花嫁」と似たオリジナルなものがある。考えてみれば、「戦争を知らない子供たち」も「風」も「花嫁」も作詞は北山修だ。出たぁって感じだが、当時のお兄さんたちには北山修はバカにされてたと記憶する。左翼系の活動家とか。加藤和彦もそうだが、大学出のインテリでどこか軟弱でムカつく的なことだったんじゃないだろうか。ヒットも飛ばしてるし。

まあ、戦後生まれの連中が音楽活動を始めれば、そりゃ、戦争を知らない子供たちくらいの歌詞は出てきてもおかしくはないが、やはり軽薄っぽさを否めない感があるのもわかる気がする。確かに北山修の詞は私もあまり好きではない。なじめないというか、どこかウソっぽい感じ。作りものっぽいというか。なぜだろう。

しかし戦争で苦労した世代にしてみれば、そうか、もう戦争を知らない若者たちが世の中に出てきてるのだなと、複雑ながらも感慨深いものがあっただろうし、同世代の活動家だったら、何が戦争を知らない子供だ!フヌケたことをいってるんじゃない、総括だぁと、ゲバルトかけながら別の戦争を起こしていたわけだ。

そんな「戦争を知らない子供たち」だが、その歌ももう知らない世代がいる。そりゃそうだろう。今から40年前のヒット曲だ。ヒットした72年の40年前といったら1932年じゃないか。昭和7年。私の親父が生まれた年だ。もう死んだけど。島崎藤村が「夜明け前」を書き、藤山一郎が古賀政男の「影を慕いて」を歌い、5.15事件で犬飼毅首相が死んだという年だ。歴史の教科書で知るような世界だ。そうか、あの70年代って時代はもはやそんな昔の話なのだ。ついこの間って気がするのだがダメでしょうか。

あの時代、60年代後半から70年代初期といえば、もうひとつ流行ったものがある。高倉健の「昭和残侠伝シリーズ」だ。東映の大ヒットヤクザ映画だ。♪義理と人情を秤にかけりゃぁ♪で始まる高倉健の主題歌「唐獅子牡丹」でも知られる。死んで貰います、ってヤツだ。あれは当時の右翼にも左翼にもウケたらしい。流れ者のヤクザ花田秀次郎(高倉健)とこれまた流れ者のヤクザ風間重吉(池部良)、このふたりを軸に話が展開するのだが、構成的にはほとんど同じ。悪・非道の限りをつくす悪の親分側(河津清三郎や須賀不二男、いい味出すんだよなあ)の仕打ちにじっと耐えに耐えて、最後の最後に堪忍袋の緒が切れて、ドス1本持ってひとりでのり込んでいってたたっ切る。親分の屋敷に行く途中で風間重吉と出くわし、一緒にのり込むのも同じ。むしろそのふたりの道行きがこの映画のキモにもなっている。今の俺にゃあ、生まれたときは別々でも死ぬときは一緒の、兄弟ぇ、おめえだけだ、かなんか言って、相手の肩にかかった雨だか雪だかをささっと払い、見つめ合うみたいな。

まあ、ある種の勧善懲悪、ヒロイズムの映画ともいえるのだが、私はこの映画の世界感がウケたのだと思う。世界観じゃないよ。世界感。このシリーズは9作あって、私はすべて数限りなく観ていてセリフも覚えているくらいだが(もちろんビデオ。家で観まくって家族に顰蹙を買うことがある)、特に7作まではどれも好きだ。最後の2作は主題歌の伴奏も変わって妙にメロドラマっぽい感じであまり好きではない。でも、この間某カリスマAV監督と飲んでたら、監督も昭和残侠伝シリーズが大好きで大いに盛り上がったのだが、一番好きなのは8作目の『吼えろ唐獅子』だという。今度、もう一回ちゃんと観てみよう。シリーズの監督はほとんどがマキノ雅弘と佐伯清が撮っているが、1本山下耕作もある。何といってもマキノ雅弘監督作品はセリフの言い回しといい、シチュエーションといい、活劇っぽさが残ってて、下町人情を描かせたら天下一品だ。落語的というか、登場人物に腹蔵がなく、陰隠滅滅としたところがない。実にカラっとしていてわかりやすく、裏表がない。悪は悪だし。それも時代設定が戦後すぐとか、大正の初めだとかいろいろあるが、悪にとっては金がすべてで、善側は金よりも義理とか人情とか粋(イキ)が優先する。悪側も、今はなあ、自由主義の時代なんだよ、食うか食われるかなんだ、などとスゴみ、ワイロを使って市議会議員と癒着したり警察と組んだりしていて、なんだか今とあまり変わってないのもおかしい。悪の考えることってのはいつの日も変わんないのかね。ちょっと高度に複雑化するだけで。日本人というか、やっぱり人間は金の亡者、金の奴隷、金に支配されてるような連中にはいつの日も嫌悪を覚えるものなのだろうか。だから、義理だ人情だといってる連中のイキっぷりのほうに溜飲を下げる。そういった世界の感じ、雰囲気、ひょっとしたら真実に、無意識に憧れ、賛同してるんじゃないだろうか。だから当時も右も左も関係なく拍手喝采を贈った。そう思いたい。

第1作目の『昭和残侠伝』が1965年、ちなみにこの作品には六代目三遊亭円生が出ている。あ、それで思い出したが、このときの高倉健はいただけない。いやいいのだが、一点だけ気に食わないところがある。このときはヤクザではなく、庭場(ニワバ。テキヤが商売する場所、シマのこと)を仕切る関東神津組の五代目親分って役なのだが、テキ屋連中に対して「亡き四代目、川田源之助に代わって・・・」と話す場面があるのだが、これをヨンダイメと言ったのだ。四代目はヨダイメといわなきゃいけない。さすが円生はヨダイメと言ってた。昔、新宿のゴールデン街の将棋の棋士たちが集まる店で9段の棋士に向かってキュウダンと言って、一緒に行った先輩からハタかれたことがある。バカヤロウ、キュウダンってなんだ!クダンだろクダン!だって。これには恥かいた。まあ私もイキがっててもこの程度ですがね。それはともかく、最終作9作目『破れ傘』が1972年。本当にある種フォークソングが広まる時代ともリンクしているのがわかる。

実は昭和残侠伝が好きだなんて誰にも言わなかった。なんとなく恥ずかしかったのだ。でもいつだったか、ずいぶん前に蓮實重彦が好きな映画ベスト3だか5をどこかの雑誌に披露していて、洋画では1位が確かドライヤーの『奇跡』だったと思うが、邦画ではなんと1位に昭和残侠伝シリーズ7作目『死んで貰います』をあげていたのだ。なぬ!あのハスミ大先生が? それから胸張って昭和残侠伝が好きだなどと公言してはばからないようになったわけだから私もなんとも情けない。そういうほうが恥ずかしい。いやそれはどうでもいいのだが、ウチの娘が、ときどき呟くのだ。生まれたときは別々でも死ぬときは一緒・・・。おいおい・・・。

戦争を知らない子供たちって歌を知らない子供たちも増えてるかもしれないが、その親によってはそれと同時代の別ジャンルに意外と通じてたりして。
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∞酒林∞

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私はただの夢見る酔っぱらい。
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