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禁酒

今回はつらいGWの幕開けとなった。禁酒しなきゃいけないのだ。健康診断はもう何年も受けたことがないが、またこれからも受けるつもりもないが、年に1、2回採血だけはしていて、結果、やれガンマGTPだGOTだのの肝臓関係や中性脂肪、コレステロール、尿酸値の値が出てくる。そのたびにかかりつけの医者からヤイのヤイの言われるが、そのたびに私はへらへらしてたから、またもやいかりや長介のごとくダメだこりゃで終わるのが常だったのに今回は珍しく真剣に怒られた。もう自分の手に負えないと思ったのか、GW中に激痛が起きたらここに電話しろと救急関係の連絡先を書いたリストを渡された。いつもと違う展開に、おろ?と数値を見るとたしかに高い。というか一般の数値とフタケタ違う。何かの印字ミスかと思った。そしてまた先生がたたみかけるように今すぐ入院しなくちゃならないかもしれないと脅す。何でも体がボロボロで悲鳴を上げている状態だとか。私はまあまあと先生をなだめてから再度採血をすることにした。

そういえばとあとから思った。採血の2、3日前に珍しく酒を飲むかどうか迷ったのだ。夕方に遅い昼飯をたいめいけんでとったとき、どうせこのあとすぐに居酒屋で打ち合わせだからと当然ビールを飲むところだが(またこの日は暑かった)、どういうわけかあまり飲みたくない。だって久しぶりにたいめいけんに行ったんですよ。知ってますよね、洋食の老舗のたいめいけん。そこでビールのひとつも飲まないなんて非国民じゃあるまいしできるわけもないのにへんだなと思いながらハンバーグ定食を食った。そのまま打ち合わせに行ったが先方がちょっと遅れるってんで先に生ビールを頼んだがあまり飲みたくない。それでも一杯飲み、二杯めを半分飲んだところでもういらない。残しておいたら先方が来て何だか盛り下がってるねと言われ、ちょっと考えて梅干しハイを飲み出したら調子を取り戻した。それから2日くらい調子がヘンだったが、朝、夢から醒めたらいきなりガラッと流れが変わる感覚が襲ってきて(うまく表現できないが、いろいろな引っ掛かりが忽然と氷解していく感じ?)、何だこれはと思いながら会社に行く途中、病院に寄らなきゃいけないことを思い出し、先の医者の脅迫になる。脅迫じゃないか。

似たようなことが前にもあったゾとまた思い出した。すでにどこかで書いたかも知れないが、数年前、やはり朝目が醒めたら突然、ああ俺は酒をやめると思った。二日酔いとかではない。晴れやかに起きた月曜の朝だった。とにかく今から酒をやめないと俺は死ぬと思った。自分でも何だかわからない。やめるったって一生じゃなくて、当分。当分とは一カ月くらい。それでその日からやめて、周囲に驚かれて、あるとき間違ってウィスキーボンボンをつまんでしまい思わず吐き出したくらいに徹底してアルコールを抜いた。カミさんが酒入れて煮物こしらえるのを見て、てめえどういうつもりだ!ったら、もうトンでるわよッ!って返されて、そうスかと。あ、アルコールのことね。それで一カ月後、試しに採血したら高校生のような体になっていた。内臓と血だけ。と言っても私の場合高校から飲んだくれだから中学生というべきか。

ともかく、なぜかあのとき思ったのだ。このままじゃ俺は死ぬと。死なないまでも倒れるとか。もちろん妄想だろうが、突然襲ってくるのは勘弁してほしい。きっと潜在意識の中に喪黒福造のような笑えないセールスマンがいて、このまま飲み続けてるととんでもないことになりますよぉかなんか言ってるのをあるときフッと気がつくのかもしれない。今回も似たような感じだが、先に救われた感が来た。まあ、またしばらく酒を飲むなということだろう。となるとせっかくのGWなのにまことにつまらない。GWは私は遠出をしないですいてる酒場を渡り歩くのが楽しみだったから、酒が飲めなきゃしゃあないのだ。それでカミさんそそのかしてGWは家の大掃除をすることにした。まずはいらなくなった本、服、下着、靴下、バッグ、その他ガラクタをカキ集める。と言っても今あるものは狭い家のこと、基本的に時間をかけて絞りに絞ったものだ。だからあまり不必要なものはないのだが、もっと大胆にラジカルに捨てなきゃいけない気にさせられるのも不思議といえば不思議だ。ひと仕事終えて夕方、カミさんがうまそうにビールを飲むのがうらめしい。ぐびぐび飲みながら目だけこっちを見ている。ざまあ見さらせ。目がそう言っている。自業自得だわ。テレパシーでそう言っている。私はいじけた犬のようにちびちびとノンアルコールビールを舐める。ああ、みじめだ。俺は負け犬なんかじゃない。と思いたい。

そうね、5月いっぱいはアルコールを控えるんじゃなくてやめて、そのかわりフリーエネルギーを摂取してもっと酔っぱらおうと思っている。

前回書いたように、ゲリー・ボーネルを覗いてきた。今回はなんだか自己啓発セミナーっぽいような感じ? と言っても私はそういう場は知らないから行った人には全然違うよとか言われちゃうかも。まあ印象です。覚醒にいたる5つのステップというのがメインテーマだが、話としては興味深いものもあった。もっと細かく具体的な現象面を話したほうがスリリングなはずだと思うが、本人も言うように時間が足りないし、キモだけをひと通り伝えるとなるとああいった大づかみな言い方しかできないのだろう。最後の質疑応答の中で、「真実」とは信念に価値を与えること、自分の期待を強化するもの、というような言い回しが出てきたが、これはうまい表現だと思った。「真理」でも同じだろう。そういったものに過ぎないということだ。だから自分で苦労して辿りついたかに思える「真理」でも、少しでも疑念の余地があると覚醒者や覚醒者と謳われる人物の書籍に接してお墨付きがほしくなるのだろう。断言してほしいのだ。でも他人に依存している限り不安は消えない。

やはり私はゼランドバートレットの方法論というかアイデアに有効性があると思う。有効性とか言うといかにも効率主義的に聞こえるか。実は真実と言ってもいい。もちろん無数にある真実のうちのひとつだ。すべてはエネルギーなので、エネルギー自体はピュアなものだからいいも悪いもない。それを決めてるのは人間だ。暴力的で傲慢で高圧的な人間も利他的で思いやりがあって平和的な人間も、大きく見ればエネルギーの状態が違うだけでエネルギーとしては同じだ。エネルギーは本来静謐なものだが、そこに曇りが発生すると乱れてくる。気象現象と似ている。穏やかな大気のもとではうららかで気持ちのよい天気になるが、雲が湧き起こり、風が吹き始めると、やがては雨や嵐になる。その雲や風にあたるものがネガティブな感情だ。怒り、妬み、不安、恐怖…そういった感情を持ち続ける限り、そういった感情を抱かせる現象が限りなく目の前に現われてくる。感情を表わさなければいいということでもない。表面が穏やかに見えても内心で煮えくりかえっていれば同じだ。エエルギーを物質化・現実化する思考の放射パラメーターがネガティブな感情によってネガティブな現実を創出する部分のみに焦点を合わせちゃってる。飛行機に乗ればわかるように、雲の上は本当に陽が照って穏やかだ。雲の下がとんでもない嵐や台風でも雲の上はいつも変わらない。しんとしている。人間も心を曇らせなければ、その内側はいつも晴れなのかしら。人間なんだから感情を持つのははあたりまえだ。ただ感情は関係によって生み出される。その関係を変えれば感情も変わる。感情や気持ちは結果に過ぎない。ムカツクから怒るのではない。自分と相手の関係を自分がどうとらえているかよく吟味すればわかるだろう。実は相手を見下していたり、逆に自分のほうが正しいとか優れているとか思っていたり。

まあいろいろですね。なんだかゼランドの受け売りばかりだが、バートレットはそのへんをただのインチキ臭いオカルトだと流されないように科学的な論拠を持って説明しようと努力しているし、実践的な方法を公開している。私としては、ふたりとも観念的なシステム論に終始するのではなく、可能性を限定せずにより楽しく生きていくにはどうしたらいいのかということに主眼をおいているところが好みだ。

ってまた話が大ぎょうになる。ゲリーの話も中途半端だし、どうもまとまらんな。以前書いた、世界で起きている謎の音についても記事にしようと言ったのにまだ書いてない。『ヤスの備忘録』によればいまだその音は続いているらしいし。しかも欧米地域ばっかり。うーむ。気になることがあるのだがまた次にします。
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ゲリー・ボーネル

何てこった。玉置宏どころか2週間も経ってしまったじゃないか。新企画その他いろいろな準備で肉体的内面的に忙しく、国内外で打ち合わせが多かった。つまり飲んでいた。アンタほんとによくもまあ毎日毎日飽きないねとはカミさんの言い草だが、これが飽きないんだな。二日酔いというバチはあるが。特に今、周りの連中は勢いがあるというか目的がはっきりしてるというか猫まっしぐら的なヤツらが多く、これは嫌いではない。韓国人なんかは自分でも言ってたが、気が短く、要するに待つというのが耐えられないらしい。だから見切り発車的な動きも多く、迷惑なこともあるが、取りあえずやっちゃえってんであとから何とかするみたい。そして懲りない。これは私のやり方とも通じるのでウマが合う。

今までの経験から言っても、ピンときたら110番じゃなくてとにかくやる、進めるってのが一番いいことはわかっている。そりゃ失敗もあるが、失敗は成功のもとというのは本当だ。でもみんながみんなそうじゃないから、あれやこれやとリスクを勘定して可能性を狭めてしまう流れも出てくる。前にも書いたが、人間の理性で未来を推し量るなんてことはどんなに優秀な頭脳でもただ限定された枠内に貴重な可能性を押し込めるだけだ。しかも理性が活躍する脳の場は3%にも満たない。残りの97%という膨大な可能性の領域からふっと訪れるカンというかノリというか理屈では説明できないフィーリングに従ったほうがいいに決まってるということは理屈でもわかる。どだいリスクなんてことを言ったら生きてること自体がリスクだらけで、いちいち考えてもしょうがない。こうしたらこうなってああなってそうなるってな演繹的な方法より、こんな体験をしたあんな経験をした今こんなことが起きてるゾって中で、ふいにこれってこういうことなんじゃないかっていう直観的なヒラメキで導き出される帰納法的な結論のほうが信用できる。とかほざいても、いまだ演繹法的毒牙にかかる私にとっては帰納法的なカミさんの脳ミソにはずいぶん助けられているんだが。おっとこれはノロケではない。そんないいもんじゃない。だって私の奇行愚行を見るにつけ、ダメだこりゃとばかりにぶるんぶるんと振るカミさんのでかい頭はまるでゲゲゲの鬼太郎だ。頭がい骨が岩石オープンのように硬く髪の量が無駄に多い。どうでもいいが、半分くれよまったく。

話がそれたが、ゲリー・ボーネルがまた来日するというので、昨年のセミナーの内容を簡単に振り返ってみようか。

ゲリー・ボーネルは知ってる人も多いと思う。経営コンサルタントを始め実業家、神秘家、ヒーラーなどいくつもの肩書きを持つが、いわゆるアカシックリーディングや体外離脱、クレヤボヤンス(透視能力)などスピリチュアルな能力で有名なアメリカ人だ。8歳で体外離脱を経験し、イーライという高次元存在とのやりとりの中で真理へと目覚めていく。そのへんは自伝的な小説形式のビュイックドライバーシリーズ『新次元の叡智』『アカシャ光の叡智』に詳しい。吉本ばななとの交流も有名で、前の2冊は彼女が序文を書いている。この人もキテますね。そういえばこの間お父さんが亡くなりました。私はよく知らないのだが、ちゃんと報道されたのだろうか。印象としてはあまりニュースにならなかった気がするのだが。新聞とか一面で報じたのかな。小林秀雄のときは一面だったぞ、たしか。

吉本隆明は『共同幻想論』や『言語にとって美とは何か』とかいったシビレるタイトルで大学のときちょっとハマりましたが、実は詩のほうが好きでした。「固有時との対話」(だっけ?)とかね。風はどこから来たか…とかカッコよかったなあって、やっぱり私はただのミーハーだったんでしょうか。

そうじゃなくてゲリー・ボーネルだ。頻繁に来日してるようだが、私は昨年の7月の講演に顔を出した。そんときの内容は衝撃で、ホンマかいなって感じだったが、考えさせられるものはあった。ざっと言うと、

・3.11の地震はやがて来る大地震の前震に過ぎない。それまでは小規模(?)な地震がいくつか起きる。
・その大地震はマグニチュード10.1で、これまでのマグニチュードの概念を覆す。
・でも、その大地震が小さな地震になるように祈る活動をしているグループがある。
・その大地震は2015年4月12~15日あたりに起きる。それは東海大地震で、それが本番である。
・だから、その地震のエネルギーが分散するようにみんなでイメージしてほしい。
・2015年はいくつもの場所で地震が起きる。
・それは、地球の両極にある氷が温暖化で溶けて、今まで氷の重みで扁平だった地球が球になろうとすることでプレートが動くことによって起きる。
・富士山はいつ噴火してもおかしくない。本来は30年ごとに噴火するものだった。
・2011年12月~2012年12月は、1000年サイクルのエネルギーの転換のちょうど中間点(つまり2011年11月までの500年のエネルギー=分離から2012年12月からの500年のエネルギー=調和へと変わる)。
・世界の集合無意識が十分に葛藤を手放せず、間違った方向に進んでしまい、その中間点を人類は目覚めを体験せ ずに越えようとしている。
・世界経済が大変化することにより意識が変わる。一人ひとりが葛藤を手放すことが大事。集合無意識に影響を与える。
・いじめっこ(テロリズム)に意識がフォーカスしている。そういう人はたくさんのテロを経験する。特にアメリカ。
・2012年の初めに戦争が起きる。
・中国の世界支配はない。2012年に革命が起きる。しばらくアナーキーな状態になる。
・日本がアジアのリーダーになる。改革が始まる。
・日本の健康度でいえば高い。円は強い。時期首相はパワフルな人。その次の首相は頭脳明晰で集中力がある。その人物が2015年に日本を導いていく。
・世界経済は崩壊する。金融システムはリニューアルされるが、それまでは円は日本で使える。リアル経済は大丈夫。

などなど。まだまだあるがまあいいでしょう。

これらは、その他いくらでもある予言の中の一情報として各人がそれぞれ検証すればいいことで、まるまる信じるのは危険というかダメだろう。大体、2012年の始めに戦争は起きなかったが、でも中東はいまだキナ臭いから時期がずれてるだけなのか。地震や災害が起きないように、あるいはエネルギーを分散させるように祈っているグループというのはたしかにある。私が知っているだけでも、比嘉良丸・りか夫妻船井幸雄氏主宰のにんげんクラブ聖書の暗号のイオン・アルゲイン氏、沖縄のS氏(この人は凄すぎる。明窓出版の『宇宙心』参照)などがいるが、特に比嘉良丸氏はこれも前に書いたが、東日本大震災の映像を2010年から見せられ続け、何とか祈りで食い止めようとしたが力不足だったと講演で嘆いているくらいの人だ。中国の革命の話は、可能性としては高いように思う。もう所得格差はアメリカの比じゃないし、すでに富裕層が国を脱出しているので見切りをつけてのことでしょう。日本の首相の話は、次期首相はパワフルな人というのは野田首相のことだ。講演時点ではまだ菅だった。野田がパワフルかどうかは判断できないが、その次の首相が日本を引っ張るというんだが、誰だろう。まさか橋下? 

前にも書いたが、私は一応3次元的なリニアな時間軸における未来というのはあくまでその人の意識が創造するというほうにノッている。客観的に確実な未来というのはないと思っているので、あまりありがたくない予言めいたものは、その能力者がその時点でとらえた最大公約数的な人類の意識を感得したものととらえてありがたく参考にさせていただき、そういう流れに巻き込まれないような意識を創造できる環境を自分で創造するようにする。だからやっぱり『日月神示』のいうところの戦争も将棋くらいになるという予言(?)のほうが性に合うし、なんとなく正しいように感じる。

でも、ゲリーの話で面白いというか興味深かったのは、いわゆるETが人々のエネルギーデータを観察しているという話だ。空港にあるスキャンや学校にもあるコピー機など、この15年間でスキャニング技術が発達したが、ETはそれらを使って人間のエーテル体を見ているのだとか。例えばある人物が暴力的な人間ならば、エーテル体にそのパターンが刻まれているのでわかってしまう。ETは人類を分類するためにそれらのテクノロジーを人類に教えた。それは似たエネルギー同士をまとめるためらしい。うーむ。平和的な連中同士をまとめて平和な世界を築かせたり、暴力的なヤツらばかりを集めて戦争させたりするということなのだろうか。たしかに流れとしては、旧社会というか既得権益にしがみつく側と新しい社会を模索していく側とに分かれ出している気はする。でも、分類というのはどこか引っ掛かる。選民思想に繋がるというか排他主義的なマインドを生み出すというか。『日月神示』ばかりだが、悪もお役ぞ、というほうがしっくりくる。悪があるからその逆も腑に落ちる。他人の悪ばかりを責めるのではなく、己の心を見よ、戦(いくさ)が済んでいないであろ、と言われるほうが、ああそうかなとなる。でも、それはゲリーの言う葛藤を手放さなきゃいけないということと同じなのかな。先の講演でも、最後にゲリーは「Stop Judging!」、裁くことをやめろって叫んでたっけ。

いけね、時間がない。焼肉屋に行かなくちゃいけないんだよね。

もちろん宣伝なんかじゃないが、とにかくこの4月にゲリーの講演があるのでまた覗いてきますわ。

およびでない?

3月の終わりにまたひとつ歳をとってしまった。この季節は自分の誕生日もあるせいか1年では一番好きな季節だ。というようなことを言うと、即座にカミさんから私にとっては一番イヤな季節だと来る。花粉症のせいらしい。そんで早く5月にならないかなあなどとウソブく。ほんとにいちいち腹の立つ女だ。わかった、それじゃ俺が花粉症を治してやるとチョチョイとまじないをして、翌日、どうだ、治っただろ?と言えば、今年は花粉が少ないからだと言い張る。まったく。

仕事の打ち合わせで韓国に行った。編集局長との顔合わせがメインだったのに社長が出てきたので驚いた。今後のアジアマーケットについて大いに語り合ったあと飯を食おうってことになって、何でも韓国では恒例(らしい)の爆弾酒を立て続けに飲まされた。ビールのコップの中に小さなショットグラスを置いてその中に半分くらい焼酎を入れ、さらにショットグラスを重ねてサイダーを並々と入れ、最後にビールでコップを満たす。それでこぼさないように残さないように全部飲み干す。いくら飲んでもショットグラスにちょっと焼酎が残る。これは完全に飲み干さないと終了できない儀式のようで、一回始まったらちゃんとできるまで延々と続けなければならない。他の韓国のスタッフはちゃんとできるのに私はいくらやっても残ってしまい、頭に来てガンガン飲んでたら、しまいにはドリフの志村ケンみたいに口からダーッとこぼしてしまった。こりゃしくじったかなと思ったが、まあ打ち合わせは無事終了。その後カラオケもあるスナックみたいなところに行ったのは覚えているが、あとの記憶がない。気がついたら安ホテルのベッドでありえない格好で寝ていた。でも二日酔いはない。翌日も打ち合わせがあったので、昨日のスタッフに聞くと、あれから4軒行ったとか。なぬ!全然覚えてないぞ。冗談は顔だけにしてくれと言ったが、どうやら本当らしく、カラオケで何曲か歌いもしたと。キャロルを歌おうとしたが歌詞カードになかったので諦めたところまでははっきりと覚えているが、歌った記憶がない。何歌ってました?(ちょっと弱気になる)と聞くと、プレスリーと河島英五と何だかわからない曲だと。何だかわからない曲は何だったんだろうとすごく気になったが、怖いので聞かなかった。でも相手の社長も大酔っぱらいで何だかわからない曲を歌ってたというからまあいいか。

翌日のソウルは天気が良く、待ち合わせ場所である東大門文化公園のシティホールの前のベンチに座ってたら、みんなぽかぽかとした陽気の中を楽しそうに散歩している。恋人同士、子供連れの夫婦、土曜日だったので何かのイベント帰りの人たち。ベンチの周りにたむろして、タバコをぷかぷか吸っている。吸い終わるとそのへんに捨てていく。私は以前ブログにも書いたが最近タバコを吸うので、天気も気分もいいしタバコでも吹かしたいなあと思っていたところ、灰皿がないのでこりゃもちろん禁煙だろうと。でもふと見たら、周りでみんなぷかぷか(ここで西岡恭蔵を思い出してくれた人がいたら友だちになりたい。彼も死んじゃったなあ)。いや、マナー違反なことはわかってます。けど懐かしかったんだよね。日本でもひと昔(どころじゃないかもはや)前は同じ光景があちこちで繰り広げられていた。大人はタバコを吸うもんだった。で、誰も別段咎めない。もちろん嫌煙家はいたが。

そういえば死んだ親父が昔、新宿のホームでタバコを吸ってたら、そばにいたアメリカ人が露骨に顔の前で手を振っていたと。親父がタバコを突き立てて、これ?とゼスチャーするとうなずいてた、なんて話をおかしそうにしていたのを思い出す。私は子どもだったが、ああ、タバコを嫌がる人もいるんだなあと思った。昔は駅のホームはおろかバスや電車の中にも灰皿があった。たぶん吸わないほうがいいのだろうが、そんなに目くじらを立てなくてもという気もする。もっと体に悪いわけわからないものはいっぱいあるゾ。それでそれらは無規制だったりする。最近では秋なのにたき火や野焼きの匂いもしなくなった。消防法ですか? みんな規制されちゃったのかな。地方ではまだあるのかも。

とにかく、なんとなく懐かしくのんびりした気分になった。

どだい急な規制や禁止なんてものは、誰かの思惑が働いているに決まってる。利害関係が絡んでいる。バブルがはじけた日本だって、いきなりBIS規制とかってのが出てきて、銀行が潰れたり、資産を売却せざるをえなくなった。結局得をしたのは、優良企業や資産を安く買い叩いた外国資本だ。よくわからないが、BIS規制なんてものは従わなくちゃいけないものだったのでしょうか。国際決済銀行って何ですか? 勝手に国際ルールとか言われてもねえ。

結局お金ですね。儲かるからやる。お金のためならなりふり構わなくなってくる。どこの国だっけ? 日本のコシヒカリとかササニシキって銘柄ですら商標登録されてるんでしょ? i−PADだっけ、i−PHONEだっけ? アルファベットのiからzまでくっつけたものを全部商標登録しちゃった。それらを売るときはロイヤリティを支払わなければならない。他の国の人が創ったものなんですけど。もっと敬意とかないのかしら。やっぱりお金なのだ。

明日、世の中からいっせいにお金がなくなってもおそらく困らないんじゃないか。そりゃしばらく混乱はするだろうが、お金のやりとりがいっさいなくなっても生産活動さえあれば世の中回ると思うんだが。お金を右から左へ移してとかいった仕事はなくなるだろうが、生きていくのに必要なものや世の中の役に立ったり便利なもの、面白いものなんかはなくならないから、それを企画したり開発したりするアイデアには人が集まる。注目される。そしてさらにそれらに必要な材料とか資材を企画、開発、あるいはすでに持っている人が協力してくれる。食べ物だって料理屋だって、本当においしい店には人が寄ってもくるし、もっとおいしいものを創ってくれとなる。それに必要な大根やかぼちゃはあそこの農家で作ってますよとなって、どんどん情報が行き渡り、それなりの仕事が創出される。そこに生きがいを見出す人も出てくる。そういう類のアイデアがないとしても、力仕事は人の10倍できるとか、歌がうまいとか、ダンスがうまいとか、どんな人でもその人なりの個性がある。その人すら気づいていないオリジナリティが人を幸せにするかもしれない。

お金はいらないんじゃないか。

どうしてもお金というか消費活動や資本主義システムが好きな人は、バンカースや億万長者ゲームのちょっと本格版みたいな遊びを開発して今までどおりに楽しむ。バーチャルゲームのようなものとして。ダメかなあ。エラソーなこと言って誤解されると困るが、私自身かなり俗物だからお金による快感は十分知っている。ホテルの上層階に泊まるとか、高くてうまい料理屋に行くとか、高価な時計をしたりスーツを着て他人の前で優越感を得るとか、そういうことはよくわかるし今でも似たようなことをするときもある。でも同時に先のような意識を持った人たちが増えているのも確かだと思うのだ。今、そんな時代に移行してるとしか思えない。ドラスティックに移行する必要はないと個人的には思う。方法論の問題として、小泉や橋下のようにいきなりいろいろなものをぶっ潰すことはないと思う。それくらいの荒療治が必要で、創造にはまず破壊が必要なのだという立場は私はとらない。そういった二元論的な発想からはもうなにも新しいものは生まれないと思っている。

我々はもっと手放したほうがいいのでないか。自分たちの思惑とか望みとか理想とか、そんなものはたかが知れているよ。我々が思うこと以上の可能性を楽しみにするくらいでいいんじゃないか。だから私は、『日月神示』のいう大難が小難になるというほうに賭けました。賭けるなんていうと深刻めくというか背水の陣的に響くが、これは選択の問題です。そっちにノッたってくらいの感じ。

コケたら? ありゃって本当にずっこけて、また考えましょう。

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プロフィール

∞酒林∞

Author:∞酒林∞
世の中の皆様こんにちは。
私はただの夢見る酔っぱらい。
夜な夜な昼間にそば屋うなぎ屋ラーメン屋、
飲んで歌って吠えてます。
いつまで続くか酔っぱらい。
帰ってくるのか酔っぱらい。

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