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世情

さても怠け者の本領発揮で、あっと言う間に日曜日。お盆進行の本業のほうもケツに火が点きはじめた。でも連日の猛暑、誰が仕事するんだろう。半日仕事できればかなりの精神力の持ち主なんじゃないか。思うにこれは、いいかげん人間に仕事をやめさせようとする太陽の意志なんじゃないだろうか。

労働意欲がまったく失せるもんね。みんなでとりあえずもうやめたって言いいませんか? だって暑いんだから。落語だったらありなんだけどなあ。せめてお金のために働くのをやめるってのはどうかしら。世界中で今いっせいにお金を捨てても実は誰も困らないんじゃないか。インフラはそのまま。電車はそのまま動くし、食い物屋もそのまま。コンサートも開かれるし、だいこんもギターも今までのように作られる。原材料も同じように調達される。ただお金との交換はない。そうすれば今まではやりたくもないのに、あるいは適職でもないのにコネや金のためにだけやってたヤツがやめて、逆に才能があって適職だったにもかかわらずコネもなく、くだらない試験に落ちたためにその仕事ができなかったヤツが喜んでやりはじめる。やめたヤツだって、しばらくすりゃ本来やりかったことを見つけて何かやるよ。みんな働かなくなるってな話もあるが、人間そんなに強くないって。何にもしないで楽しいわけがない。金のためにやりたくもない仕事をしてるからおかしくなるんであって、何の心配もなけりゃ自分が楽しいことを探して一生懸命やるって。

なんだか怠け者の屁理屈のようだが、とにかく暑かった。今も暑いが多少和らいだ。さっき生ビール飲んで帰ってきたばかりだから文章がへんだ。

前回は24日に地震の啓示の記事を書いた。地震はこなかった。祈りの力で本当に新しい島生みのエネルギーに転換されたのだろうか。ネタもとのこのブログにもいきさつが記してあるが、私も記事にした手前、追ってことのなりゆきをその都度記事にするつもり。前にも書いたが、私は予言のようなものはある種の警告としてとらえていて、基本的に未来は創造できると考えているのだが、今回のことは個人的に気になっているのです。

ロンドンオリンピックの開会式を後半だけ録画でみた。ポール・マッカートニーが歌ってたね。セレモニーの終わり、ビートルズ『アビーロード』の「The End」を歌うのは流れからいってわかる。でもいきなり「Hey Jude」は、おろ?っと違和感があった。なんでHey Judeなのって感じ。世界的なビッグイベントの終わりの歌にしちゃあ、ずいぶん私的な歌を持ってきたなあみたいな。あれはジョンが前の奥さんと離婚したときに、5歳の息子のジュリアンが悲しんでるのを見てポールが慰めようとして作った歌だ。なあジュリアン、くよくよすんなよと。どんなに悲しいことでもそれを手放して、また受け入れればそのうちいい方向に持っていけるさみたいな。でも、それは他人に頼るんじゃなくて自分でやらきゃだめなんだみたいな歌だ。あれ? でもけっこう普遍的な意味合いにもなるじゃん、ってふと気づいたわけだ。ビートルズなんだから誰でも知ってる「Let It Be」くらいでいいんじゃね?と単純に思ってたが、よく考えたら、ありのままでいいんだってのは今の世界情勢を鑑みればあまりふさわしくないわな。ふーむ、考えてるねえ演出者も。ってうがちすぎかしら。

でも、歌詞の、The movement you need is on your shoulder.ってのはその通りだ。自分に必要なことは自分でやるしかない。だいたいが我々は他人にあるいは外部に依存しがちだ。自分がうまくいかないのは他人のせい、会社のせい、世の中のせい。それらに自分は正当に評価されていないと思う。外部の評価に依存してるわけだ。たまたま自分が気分よくなる評価を受けるとそれはそれでうれしいのだが、たとえば人との議論でも自分が認められたと感じられればその間は人にも寛大でいられるのだが、ちょっとまた低く見積もられればすぐにムカついたりする。ゼランドも言ってたが、感情は外部との関係の結果にすぎない。ロボットじゃないんだから感情をなくすことはできないが、対象との関係性を変えることで感情は変わる。

ロボットといえば、こんな実験があった。まったくアトランダムに動きまわるロボットがあって、そのロボットと生まれたばかりのヒヨコを同じ部屋に入れる。ヒヨコはロボットを親だと思ってピヨピヨとあとをくっていてまわる。ロボットはもちろんヒヨコを無視して勝手に動きまわる。でもそのうち、ヒヨコがピヨピヨ鳴くとロボットがヒヨコのほうに寄ってくるようになる。これは何度実験しても、統計的に有意な結果になる。ロボットに感情というか意志が芽生えたのか、それともヒヨコがロボットの動きを予測するようになったのか、あるいはヒヨコの意識がロボットの動きを創造しはじめたのかはわからないが、でもこれは先の話とは大きくずれるか。

いかんやっぱ酒飲むと話が飛びはじめる。

酒っても、誤解されるムキもあるかもしれないが、私は酒は強くない。だから酔っぱらうし二日酔いにもなる。本当に強いヤツは酔わないもんね。いや、酔うけど、なんというかえんえんと飲み続ける。松田優作が昔ブルータスかなんかのインタビューで、松田さんってお酒強いんですかあ?ってライターか誰かに聞かれて、強いから飲んでんだよ!と言っててなるほどと思った。そうか、酒は強くなきゃ飲んじゃいけないんだなと。男はタフじゃなくては生きていけないんだなと。だいたいアル中になるってのは酒が強いからなるんであって、弱けりゃゲロ吐くか、寝ちゃうか、すぐに体壊してる。私の同僚にも、アル中で、駅の切符の自販機で指が震えて小銭が入れられないヤツがいるが、ほんとに強いもんな。途中少し寝るんだが、起きてまた飲む。また少し寝て起きてまた飲む。その繰り返し。もうつき合ってらんない。前に一緒に飲んでた先輩なんか、飲んでてぶっ倒れて病院に担ぎ込まれたとき、ガンマGTPが4000以上あって、医者に死体の肝臓だと言われた。そんな人たちに比べれば私なんかかわいいもんだ。

何の話だ。

それはそうと、最近の一連の日本のデモを見ていて、久しぶりに中島みゆきの「世情」を思い出した。まったくもって暗い歌というか音調で、私はあまり好きではなかったが、当時なにかしら心には染みた。言ってることにシンパシーは感じるが、あれをもっと明るくというか快活にできないものか。いや違うな。あれはあれでいいのだが、それこそあの曲調だと、意識や行動が開いていくのではなく、ナルシスティックに内面的に閉じていく危険があるような。音楽はある種怖いね。高揚感のあるリフレインなんかは洗脳まではいかないにしても、どこか囚われてしまうような抗えないような強制力がある。たとえばジョン・レノンの「Mind Games」もそうだし、ワグナーの無限旋律もそうだ。ワグナーはナチスに利用もされた。

ともかく今、原発その他でかつての安保や成田とは違ういわゆるフツーであろう市民が動き出したことは気にしたほうがいいと思う。ある種のフォークや「世情」のような曲調のものには嫌悪感をもつムキもあるかもしれないが、それはかつての安保や成田のときの時代や独特のノリによってバイアスをかけられたからしょうがないのだが、今起きてるデモは、また違う流れを創る可能性もある。お祭り気分でも冷やかしでもファッションでもなんでもとりあえずはいいと思う。最悪なのは、わかったような気になって上から目線でシラけたふうに無関心を装う態度だろう。対象との関係性、態度で感情が決まるのだとしたら、本当はそうは思っていなくても、くだらないかっこつけと羞恥心を捨てられないばっかりに本当に世の中に無関心になってしまう。

世界は今や10億人が飢えているという。そういう人たちにしてみれば日本人の生活は奇跡だろう。亡き談志師匠に言わせれば日本は世界の一等地だ。悪神にやられてる国々は虎視眈々と日本を狙っている。当たり前だ。私が悪神だったら日本が欲しくてしょうがないもんな。でも最後の最後はグレンと…

ちょっと飲みすぎか。

とりあえず、「世情」です。


やっぱり重い。ここはジョンにも登場願おう。


うーむ。70年代というのは何か途方もないポテンシャルを孕んでいたのかもしれない。でも我々はこの道を選んだ。

ヨーコが次々と大きな窓を開けていくシーンがいいよね。窓には白い十字架が。そういえば冒頭のジョンの格好というかいでたちは、映画『エルトポ』を観て感動してマネしたんだよな、たしか。それでバイトの子の情報で今、渋谷で『エルトポ』を上映してるとか。マジ?とか思ったんだが、だってあれDVDないよね。映画館で観られるんなら行かなきゃまずい。誰か行きませんか?

それにしても先のオリンピックで、ポールもいいが、ジョンが出てきてイマジンを歌ったら、かなりの確率で私は泣くでしょう。どこぞのクソッタレに殺されずに今ジョンが生きていたら…

今日は寝ちまおう。
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中今

久しぶりだわな、こんなに早く間をおかず記事を書くのは。昨夜はいつもどおり仕事関係の人と焼き鳥屋で飲みながら打ち合わせをしていたのだが、その人の携帯が鳴り、おおどうした?かなんか言いながら外へ出たかと思ったら血相を変えて席に戻ってきて、酒林さん!申し訳ないけど、これから至急代官山に行かなくてはならなくなった、と言う。何でも大事なインタビューの取材をメモ帳に書いてなくてすっかり忘れてたと。それは大変だ、すぐ行ってください、と言うと、その人は力強く頷き、『太陽にほえろ!』の挿入曲が鳴り出すんじゃないかって勢いで出て行った。

カウンターにひとり残された私は、その人が置いていったまだなみなみと入ったウーロンハイを見つめていた。細かい炭酸の泡がゆっくり立ちのぼっていく。私は生ビールのジョッキを空にしてからもう一杯頼み、タバコに火を点けた。それにしても、そんなに大事な仕事を忘れるような人じゃないんだがなあ。なんとなく気のりしなくて、珍しく、本当に珍しく地元に帰り、近所の居酒屋で梅干ハイを2杯しか飲まず、帰宅したのだ。

なんてことはない。翌朝は二日酔いじゃないから記事が書ける。これからはたいした二日酔いじゃなければ早朝に記事を書こう。誰も信用しないわな。

前に「予言」について書いてたときにも書こうかどうか迷っていたのだが、本日24日に地震が来るって啓示があった。「地球創生1000年プロジェクト」のこの啓示がそうで、実はそれとは別にまた24日は要注意って情報もあった。先の啓示のほうは、24日の午後3時過ぎ、直下型で震度6以上、場所は富士山近辺、愛知県近辺みたいな具体的なこと書いてある。もちろん啓示を受けた人々はそれを抑えるべく、というか被害が最小になるように、なんでもそのエネルギーを伊豆諸島のはずれのほうに移し、海底火山の噴火として新しい島の創出に転換するように祈っていたらしい。その場合は、本日ではなく、またちょっと先になるらしいが、そのへんのことはブログに詳しく書いてある。まあ、今後の何かしらの検証にひとつにはなるでしょう。

それに、最近、私としては何かひっ掛かるというか、気になることがちょこちょこあってあまり面白くない。例の大津のイジメもそうだ。あれは誰かも言ってたが、イジメではない。れっきとした犯罪の類だろう。琵琶湖で亡くなった男の子たちのこともそうだが、やたら琵琶湖近辺が不穏だ。アメリカの銃乱射も気になる。

ここに来て、さらに何かしらが加速し始めた気がする。悪いことばかりでもなく良いこともだ。自分のまわりでも、とりあえず善悪でいえば善の流れの事柄が加速しているように見える。なんだか、こんなブログでも、また一週間後などと悠長なことは言ってられないような感じがしてくるから不思議だ。これからもいろんな人が早い決断を迫られる場面に、否応なく、相当遭遇するハメになるんじゃないかしら。まあ、ここ数年そうなわけだが、とんでもなく早まり出したような。

議論すらしてる時間はないような・・・。みんな実はやりたいこととかやりたくないことは確実に知っている。やるしかないってのは昔から言われてるもうアカがついた言葉だが、文字通り、今や問答無用でそうなのかもしれないね。やるとしても今からしかない。過去を悔やんだり美しく思ったりするのも今だ。未来に不安や期待を抱くのも今だ。当たり前だが結局、今しかない。なら何かやるにしても今しかない。

なんだかこりゃカタイな。やっぱ今度から酒でも飲んで、あるいは二日酔いでもなんでも書いてみるか。

火水伝文

またもや一週間。飲んで騒いで、丘にのぼれば、はるか国後に白夜は明ける。いや、意味はありません。
私は、本当にただの酔っぱらいなのだろう。最近つくづく意味なくそう思う。

ところで、前にコメント欄にて『火水伝文』の存在を知らされた。私は全然知らなかったので、さっそく読んでみて驚いた。震撼した。これは、とどめの神示といわれた『日月神示』のいわば続編で、『日月神示』が日月の経綸の計画とすれば、日月の経綸のワケ、らしい。『火水伝文』の神、国常立大神がそう言っている。そして、『日月神示』は浴び、『火水伝文』は歩め、ということらしい。つまり行動の書だ。ちなみに火水伝文は、ヒミツツタエフミと読む。

何が震撼とさせたかというと、今まであっちゃこっちゃ読んできた中で、それなりに私の灰色の脳細胞(ポアロをマネしたのわかります?)やおそらくまっ黒けっけの私の腹にしみ込んできたものがトータルに絡み出し、何かしらの形となって発動しそうになったからだ。今、これはどうしたことかと、これまで読んできたものや考えてきたことなどを有機的に紡ぎ直そうかと思っているのだが、どこまでできるものやら。なんせ勉強嫌いの積んどく乱読だからね。でも、おそらくそうじゃないのかなと思っていたことがここまではっきりと書かれているのはある種恐ろしくもある。だって、あとは実行あるのみで、実はゼランドのトランサーフィンもそうなのだが、何と言うか、現実を創造するということは、すべて、そうすべておのれにかかってくるので、とんでもなく責任が重くなる。責任っても自分に対しての責任で、選択・意図したことがすなわち即自分に返ってくるというだけなのだが。まあ、責任が重くなるなどと言ってるくらいだから、私がどれだけヘタレなのかが知れようってもんだが、まあそういうことだ。

何を言ってるのかわからないとは思いますが、知ってる人はともかく、『日月神示』を読んだことがあってまだ『火水伝文』を読んだことがないという人がいたらぜひ読んでみてください。絶版のようだが、ネットで全文読める。今後、もう少し整理ができたらブログにも書いてみます。

話は変わるが、このIn Deepさんの記事なんかを見ていると、まだまだ地球にはわけのわからない生き物がいるのだなあと感心する。ハワイのオアフ島に今、生物学者も知らない謎のカニ系生物が100万匹単位で侵略しているのだという。侵略かどうかはともかく、写真も動画もあるので本当であることはたしかだ。手の平にのせてる写真を見ると、小っちゃくてなんかヤシガニとかヤドカリ系の超小型版みたいでかわいかったりもする。宇宙人じゃないのか、本当は。それも記事によると、その行動が自発的というよりは何かに動かされてるようだみたいなことが書いてあるから、余計興味がわく。何が起こっているのか。

それで思い出したが、たしか海のイカも不思議で、あのイカの目玉はよくわからないというか、目であることはたしかなのだが、脳との繋がりないというか、目の構造とか神経的なつくりはかなり複雑で高度なのだが、それと比較して脳はとて原始的でおそまつなんだとか。昔、中沢新一がどこかでそんなことを書いたか言ってたかしてた。だから、イカの目はなんであんなに高度である必要があるのかがわからない。そこで中沢氏は、それは地球の目だと言ったのだ。

中沢新一はけっこう好きというかかなりファンで、初期から著作はほぼ全部持っている。ロマンティシズムやセンティメンタリズムにすぎる部分もところどころあるのだが、私はそこが好きだったりする。

そにしても、イカの目が地球の目かもしれないなんざあいいじゃないですか。インディゴブルーの海の中で膨大な数のイカたちが回遊しながら目を輝かせていて、それを通じて地球が…何を見ているのだろう? それはわからないが、なんかいいなあと思ったのを覚えている。だからその話も覚えていた。イカって、ホタルイカなんかも青く光ってすごくきれいだ。ホタルイカの季節になると、富山の夜の海がぼっーと青く輝いている映像なんかが流れて、それを見ると何かロマンティックな気分になる。なんだか今日は少女趣味っぽい感じもするが、まあいいか。とにかくイカの体は透き通ってもいるし、どこか清潔で美しい。かと思えば真っ黒なスミをぶちまけて姿をくらます忍者のようなところもある。それにうまい。酒のツマミにゃ最高だ。ああ、酒が飲みたくなってきた。

どうしてイカの話になったのか。

とにかく地球上にはいろいろな生き物がいて、まだまだ発見されてなかったりする生物もいそうだ。そういった生物がこれからもどんどん出てきてほしいね。地球のことはたいがい知ったような気になってる人間が、なんじゃこりゃ!とぶったまげ、専門家がそれまでの学問じゃまったく説明もできず、うーむと腕組をするしかないような生き物の出現。それもひとつの天変地異だ。地震や火山の噴火、洪水もいいが、いやよくなくて、そういう大量の人間が死んじゃうんじゃなくて、なんだかわからない生き物があっちゃこっちゃに現われて、それなりの被害があって、それらを殺すのではなく、よくよく考えて、ああこれはわれわれ人間が自然のバランスを崩したからだと気がついて、みたいにうまくはいかないか、やっぱり。

いつもながらというかいつもより話がバランバランだが、前にゼランドに絡めて重要性の話をエラソーに書いたことがある。ふとYOU TUBEで見つけた下の中国で少林寺拳法の指導をしているビデオ。後半、6分を過ぎた当りだけ観てもらえばいいのだが、武道の達人ともなれば、というか武術というものはその習得度にしたがって、おのれの内面のバランスを保てるものなのだなあとつくづく思ったしだいです。私のような未熟者は、即谷底に落ちてるね。日々の日常もこの少林寺の青年たちのような心構えで渡りたいものです。

過去記事
重要性

編集できずすみません。6分から見てもらえればいいです。

能力者たち3

なんとも蒸し暑い日が続く。本当は昨日記事をアップしようと思ったのだが、私のいる部屋が無精による綿ぼこりとカビ臭がひどいので、それも急に昨日ひどくなったので、こりゃ記事より掃除が先だろってことで掃除機かけて、ベッド上げて、床をウェットなんとかで拭いてたら汗まみれになって死にそうになった。夕方になっても終わらないので適当に切り上げてシャワーを浴びたら猛然とビールが飲みたくなった。焼き鳥と枝豆で生ビールを飲みに行くぞ!と叫んだら、というか叫ぶ必要はまったくないのだが、娘には断われ、カミさんは胡散くさそうな視線を投げてはきたが結局付き合った。で、帰ってまた飲んで記事書けずorz

酒を飲んだら記事を書かないなどと前にエラソーに書いたが、これは酒を飲むと明晰でなくなるからとかいうかっこいいもんじゃない。どうでもよくなってしまうのだ。だから酔っぱらったら自分でなにを書き出すかわからない。おそらくはタリラリラ~ンのコニャニャチワとかサンセイのハンタイとかパチンコの反対コンチパ!とか言ってシュタッと手を上げるとか、そんななっちゃうだけのことだとは思うが、もっとヘンなことを書くかもしれないから自分で不気味だ。まあいいか、んなこたあ。

そうそう、前回後半にも書いたが、コルマンインデックスのタイムラインがずれてきたんじゃないかという話。詳しくはヤスさんの有料メルマガかこちらで見てほしい。超簡単に言えば、昨年の10月28日のコルマンインデックスによるマヤ歴の終了により、世界はというか人類の意識は、それまでの競争を主体とした弱肉強食グローバリズムから地域共同体を中心とした自主独立の経済システムへの変更へと推移していくはずだった。中東の独裁政権打倒とか欧米のオキュパイ系デモとか、たしかにその流れはあった。そしてギリシャから本格的にPIIGSのデフォルトが始まりEU、ユーロが崩壊し、アメリカ、日本へと・・・といった金融崩壊の悪夢のシナリオがあったし、世界の専門家もそう見ていたと思う、ところが、EUはソフトランディングを選んだ。まあ私がヘタな解説をしてもしょうがないので、先のヤスさんのブログを見てください。

要するに、金融崩壊どころか、ヘタすりゃ日本はこれからプチバブルに入っていくんじゃないだろうかってことだ。そりゃけっこうだと私も思うが、そうはイカのキンタ・・・失礼!、らしい。たとえば3.11以来、さらなる地震の勃発が懸念されているが、起こらなきゃいいってもんでもないようで、起こるべき地震をヘタに抑えちゃうとますますエネルギーが溜まっていき、それこそドカーンと超巨大地震を招いてしまうから、以前記事にも書いた比嘉良丸氏のグループのように、神示で見せられた天変地異は、起こること自体は防げないが、その規模を小さくしたり分散したり、起こる場所を変更したりする神事を何年も実践してる人たちがいる。これはゲリー・ボーネルも言ってる。富士山なんかはもうとっくに噴火してなきゃおかしいんだが、地震もそうだが、日本にはそれらを必死に止めてるグループがあると。だから人によっては、もうそういうことはやめて、覚悟を決めて起こるべきことを起こしたほうが、後の日本、世界にとっては結局はいいことだし、被害も少なくてすむのだと言う。

先のコルマンインデックスで言えば、人類は金融崩壊を経ることで新たな経済システムへと移行していき、さらなる真の世界平和へとソフトランディングしていくというシナリオだったのに、人類なのかどうかはわからないが、我々の集合無意識は、どうやらそのチャンスを逸したようで、金融崩壊を避け、こともあろうかまた同じ拡大生産的な経済へと舵を切り戻そうとしている。それでさすがの地球さん?神?も、長さんバリにダメダコリャ・・・というわけで、小規模ですんでたかもしれない天変地異を本格的に起こす方向へと進み始めた。もう後戻りはできない。大雑把に言うとそういう見立てが一方ではあるらしい。主にサイキックによる見立てらしいが、その根拠はアメリカの複数のリモートビューワーたちの実験的報告からもある種正しいと判断せざるをえないものがあるとか。

うーむ。たしかにそういうこともあるかもしれない。『日月神示』的に言えば、上(神界?)のごとく下(地上界?)もまたしかり、内(人の精神、意識?)のごとく外(現実、物質?)もまたしかりなので、世界の現実は人類の無意識と無関係ではないだろう。でも、ある程度(その程度の是非は難しい)の犠牲はやむをないから、早いとこ経済でもインフラでもなんでも崩壊させて、また一から新しく良き方向へと創造し直すしかないという話は、わからないではない。もはや人類の自主性にたのむことは期待できないから、いっそのことぶっ壊れたほうがいいということだ。

でもそうした意識(気)の中には、現実における個人的な不都合、つまり本来自分で解決しなくてはならない事柄が、いろいろな要因はあるにせよ、もはやにっちもさっちもいかなくなったからというだけの理由で、都合よくリセットしたいという欲望がないとも限らない。たとえばそういう意識が人類の集合無意識の大半を占めてるとしたら、人類の大半は掃除されるだろう。また、たとえば『日月神示』の神は、今やほとんどの人間がそういった意識に近いところに落ちかねないから、ハヨ改心してくれよ、身魂(みたま)磨いてくだされよ、と言ってるんじゃないか。地球が本格的におかしくなってるのは間違いないので、それじゃ地球も宇宙も困るから、なにかしらの浄化作用があることはこれも間違いない。それに時間がない。だから、ひとりでも多く人間を救いたいから、頼むよといったところか。それはどうもご親切にありがとうございます、でも私は勝手にやりますから、御意にそわねば掃除でもなんでもしてくれてけっこうです、と言う者があればそれはそれでもうしょうがない。のかどうか。

やばいぞ、話がややこしくなってきた。

人は一冊の書籍とか他人の言葉によって変わるときは変わる。でもおそらく大きく深く人を変えるのは人の行いだろう。行動ですね。誰かの行いを見て、感じて、自分が変わる。その変わった自分の行いを見て、感じて、また人が変わる。その人の行いを見て、感じて、また別の人が変わる。その別の人の・・・以下無限ループ。

だから、先の掃除でもなんでもしてください的な人も変わることはあり得る。そういう人が増えれば、人類の集合無意識でも意識でもこの際もうどっちでもいいが、変わる。そうすると「外もまたしかり」、現実も変わる。そうなると、天変地異でも金融崩壊でもなんでもとりあえず起きちゃえ、という態度・意識よりは、何が起きようとも私は私のやるべきことをやるまでだ、といった態度・意識のほうが、おそらく人の気持ちを動かすだろう。その行いの内容が本末転倒してたり、打算だったりなどということは、見てれば何か感じるだろう。

ゼランドとかも絡めて、タイムラインとか未来予知に係わることも書きたかったのだが、どうもすぐとっ散らかるというか話が超長くなりそうなので、ちょっと話題を変える。これも今までの話と無関係ではないし、私もどちらかと言えばこれから紹介することのほうにリアリティを感じている。

先の比嘉良丸氏と聖書の暗号研究家のイオン・アルゲイン氏の対談本(『聖書の暗号とスピリットからの啓示』)があって、その中で、比嘉氏は3.11にも絡め、世界の未来に関して驚くべき話をしているのだが、その内容はまた書き出すと長くなるのでやめるが(啓示として受け取った世界の未来像です。あくまで比嘉氏が受け取ったもの)、イオン氏はというと、要するになんだかんだと言って世界は平和の方向へシフトすると言う。のだが、そこで問題というか困ったことは・・・抜粋する。

イオン 私は2020年までの戦争を見てます。その先はもっといろいろなことがあるし、
    比嘉さんのおっしゃる以外のこともあって、そっちの話のことは、したことなかったですね。
    面白いので、先にこの話をします。平和になった場合の延長にある話なのですが、
    今度は能力(霊能力や超能力など)を持つ人と持たない人の争いになるのかな、
    というのがあって。
    くだらない話になるかもしれませんが、皆さん、能力が大好きなので、
    能力を持つ人たちの支配の話になるんですが。
比嘉  それを無くすためにあなたの仕事があるんです(笑)
イオン もちろんそれはやりますよ(笑)
    戦争が起こらなかったときに、それまでは悪い人たちの支配だったんだけど、
    次は能力のある人の支配の話に変わって、能力は、
    人間性とは切り離されたものであって、
    能力は、ただの能力なんですよ。いわゆる超能力、超感覚を持つ人。
    これからの人たちにそれが開いてくるという可能性はゼロではないので、
    そういう人たちが、あの、もともと人間の持っている能力として、
    それに目覚めてくるというのはいいことなんだけど、
    それを持っているイコール「俺は素晴らしい。だから世間を支配してやる」って奴が
    いっぱいでてくるって話なんですよ。
    そういう人たちと争うというのが起こって、それが終わるのが何年になるんですかね。
    私にはわかりませんが。
比嘉  平和になったら、すぐに始まるでしょう。
イオン すぐですか。私はまだ時期は正確には調べてませんが・・・。
    ただ、2040年代にポイントがあります。そこで大きな争いになっているかもしれない。
    能力者が支配層になるんです。
    具体的にはインドのバラモンとか特権階級がいるじゃないですか、
    そういうものが形成されると。争いになって、能力イコール人間性ではない、
    人を支配する権利はないということになって
    最終的にはちゃんちゃんで終わって欲しいけど。
    そうはならないというと困ったことになりますね(笑)
    いい方向にいってもそういうことが起こると感じられるところまできているんです。
    そういうことが起き得るんんだと。
    悪い人たちは消える方向へ行くんでしょうけど、そのあとはそういう話があって、
    その後やっと平和になる、と。(略)
比嘉  (略)前にもクリスタルチルドレンとかについて、あまりいい表現をしてこなかったのは、
     みんなが能力とか覚醒とかいってる中で、そういう子たちが生まれてきたときに、
    本当に出口王仁三郎(大本教の教祖)みたいな能力者がどんどん出てきたときに、
    それに付く人たち、それを欲しがる人たちによって能力争いがとても強くなってしまう。
    今の社会のようなピラミッド社会になってしまう、ということを強く言ってます。(略)
   (略)能力が欲しい人たちは、本人はそれを警戒しているにも関わらず、
    能力を求める人たちを集めてしまう。
    中途半端な能力を持っている人とか、ぜんぜんない人とか、
    ある程度持っている人たちが集まってしまう。
    で、へたをすれば、教祖に祀り上げられる、というのがあります。
    逆にそこをしっかり理解して本当に見えない力というのが重要ではないと。(略)


この後も対談は永遠と続くわけで、比嘉氏の見立てだと、イオン氏が、聖書の暗号解読ソフトのみならず、霊界や宇宙人と交信できるヘッドフォンとかそれらが見えるメガネだとかを発明するって話にもなる。要するにそれがあれば、能力のない人でも相手の能力者の人間性、簡単に言えばいいやつか悪いやつかがわかるということだ。

まあ、ともかくこの話に関係するようなことは、私も以前から気になっていた。そういう事態がくるかもしれないというか、いろいろ兆候があるからだ。バカボン山田さんともその話はしたことがあり、だいたいがウィングメーカーの誰かから、そういった時代が来るって言われてたんじゃなかったっけ? 山田さんのブログにもあったかしら。ちょっと忘れたが、また多少フライングかって気もするし、調べろって話だが、すみません先へ急ぎます。

つまり、能力者と普通の人、覚醒者と非覚醒者、っていうか、人間は皆能力者なのだが、それはともかく、そういった分類でまた争いみたいなことが起こるとしたら、人間って・・・ったくもう!ってわけだが、実はアトランティスやムーの滅亡もそのへんのことと関係がありそうで、今回のというか今の我々がいる時代は、人間に与えられた最後の最後のチャンスのようで、またわれわれは同じ過ちを繰り返すのか、それともってなわけですな。たぶん。

それでもこの問題というかまだ何も起こってないわけだが、おそらく重要な話にはなってくると思う。またの機会に書きます。

実はこれから、寮にブチ込んである長男が来るです。酔っぱらいのオヤジに振り回されてきたトラウマからか、すっかり酒嫌いというか酔っぱらい嫌いになり、大学生にもなって酒のひとつも飲んだことがないようだから、その根性を叩き直してやろうと身構えてるのです。で、こらから酒を買いに行きます。そして明日は無理やり代々木の脱原発集会にも引っ張って行く予定です。二日酔いでも。

あと今思い出したが、覚醒といえば前にゲリー・ボーネルの話を聞きに行ったときに、ゲリーが言ってた。
覚醒した感覚というのはどういう感覚かというと、たとえば、道を歩いてたら親しい友人が向こうから来る。友人は何かはしゃいでて、どうしたと聞くと、実は最高に面白いジョークを発見したと。どんなだというと、友人は話し出す。自分は相手の話の筋書きがわかり、オチもこうだろうってことがわかり、アンアンといい加減に多少うんざりしながら話を聞いていると。そしてオチになるのだが、それがまったく予想だにしなかったオチで、ヘッ?と絶句し、そのあと哄笑する。そのヘッ?から爆笑にいたるまでの一瞬の感覚がずっと持続してる状態が覚醒なんだと。

私の記憶だから正確ではないかもしれないが、大筋では間違ってないと思う。どんな感覚だ!と突っ込みたくもなるが、私自身その話を聞き終わった瞬間ヘッ?となり、心の中では哄笑が轟いてました。そこで声を出して笑わないところが、私のダメなとこ、ええかっこしいのところなんだな。

いつもながら、しょうもないブログだ。  

ヒッグス粒子

ちょっと待てよ、おい。これから高円寺で飲むからってPCからいったん離れてからもう一週間かい? さすがにそりゃないよって感じだな。時間が早いって毎回バカのように言ってるが、それでもこんなブログなんぞを世の御仁のお目汚しに書いてるからこそまだわかるんであって、何もしてなかったらそれこそあっと言う間に数年経ちそうな勢いだ。

まあ、酒を飲んで記事は書かないって基本的に決めてるから、そうすると昼間は仕事だから、記事を書くのは平日の朝か夜、あとは土日しかない。となると、夜に大酒飲んだら夜も朝(二日酔いだから)も書けないから土日になる。最近、土日にしか記事をアップしてないってことは、それだけ平日に酒を飲んでるってことだわな。だから、もう一週間経っちまったって何もあらためて驚くことはない。ただのだらしない酒飲みってことだ。なあんだ。

この一週間もいろいろあった。そう言えばヒッグス粒子が見つかったってね? 言葉は知っていたが、またなんとなくどういうものかも知ってたような気もするが、その発見でビッグバン理論を含む今の標準的な宇宙物理学の妥当性みたいなものがあらためて根拠づけられたっていうのがよくわからない。ヒッグス粒子は空間すべてを満たしてるおおもとの粒子なんでしょう? で、素粒子がその中を動くとき、ヒッグス粒子が邪魔になるというか摩擦とか障害になって、動きが鈍くなって、それが質量つまり重さだってことらしい。でも、それだったら、19世紀まで当たり前と見られていたエーテルと同じようなもんじゃないのかしら。もっともエーテルは光が伝わるための媒体・媒質ってことだったから微妙に意味合いは違うかもしれないが、真空を満たしてるってことでは同じだ。真空というものはなくて、空間には何か未だ発見されてない未知のモノが満ちているっていう説は、今までにいくらでもある。

Koro先生こと神坂新太郎博士によればそれは「存在圧」だし、前回記事の政木和三博士では「バクトロン」だ。政木博士のバクトロン説は面白い。空間には、光子の何千万分の一という質量のバクトロンという極超微粒子が満ちていて、だからこそ光速は秒速30万kmという一定速になる。光が伝わる媒体があるからこそ一定の速度しか出ず、つまりそれ以上は速くなれない。もしバクトロンがなければ光は無限大の速度か、もしくはまったく伝わらないかのどちらかになるという。海を渡る波は水があるから伝わる。音の波も空気があるから秒速340mで伝わる。重力つまり引力も波動(重力波)だから、なにか水とか空気のような媒質がなければ伝わらない。それがバクトロンだ。だからバクトロンがなければ無重力になり物は浮く。

UFOは、何かしらのテクノロジーでこのバクトロンが入り込まないような材質で機体が造られていて、だから引力や重力の影響を受けずに空中にとどまることができる。進みたい方向があればその方向の引力取り入れ口を開けバクトロンを取り入れてやれば自然に引力が働き機体が移動する。上下左右どこでも自由だ。無音だし無エネルギー。月にさえ行ける。月の引力の方向に合わせれば月が自動的に引っ張る。速度も自由自在、地面に近づくに連れて引力取り入れ口を絞っていけばスッと着地できる。マジでSFのような話だが、問題はそんな極超微粒子が透過できないような材質をどうやって造るかだ。ニュートリノだって地球を通過しちゃうのに・・・。宇宙人に聞くしかないだろうとも思うが、いまだ名の知れぬ研究者の中にもきっと政木博士やkoro先生のような人がいるだろうからいつかは発明されるだろう。

政木博士はバクトロンでスプーン曲げも説明する。スプーンの金属の原子間にもバクトロンが満ちていてお互いに原子を引きつけているから金属としての特性を持つことができる。そこに能力者が念力のような精神波を送る。ちなみに精神波はレントゲン線の波長の100万分の一くらいらしいから、これは電子よりも小さい。だから精神波は人工的に電気的には作れない。とはいえ、精神波はバクトロンよりは大きから、念を注入することによってスプーン内のその部分のバクトロンをはじき出してしまう。すると、その部分内だけ原子間のつながりがなくなりフニャフニャになり、すなわちスプーンは曲がる、折れる。でも、政木博士はそれだけでなく、時間の問題も考慮しなければならないとまた興味深いことを言うのだが、また難しくなるので、いつかゼランドに絡めて記事にしてみる。ちなみに「バクトロン」とは、「真空の粒子」っていう意味の「バキュームトロン」と夢を喰うといわれる動物「バク」からとって付けた政木博士の造語だ。

Koro先生の「存在圧」も似たような説だ。空間・真空にはなにかしらの「圧」がある。だから「運動」はこの「圧」の抵抗を受けながらなされる。その抵抗が重力だったり質量だったり速度だったりする、といった説だったと思う。しかもこの「圧」は一定に満ちてるのではなく、場所や時間によってまちまちに偏る。つまり、「圧」の濃いところと薄いところがあって一定してないらしい。koro先生は、毎夜、家の外に出かけ、その「圧」を測定しているうちに「圧」の流れというか道筋みたいなものがあることを確信し、ある日、koro先生は板切れに乗って「圧」の薄い部分を宙に浮いて移動したという。なんでも10mくらい飛んだらしい。まあこの先生も、戦時中にドイツの物理学者とプラズマ研究でUFOまで造っちゃったり、アルザル人と話したりする人だから、それだけで書きたいことが山ほどある御仁なのだが、またにします。

でも、「存在圧」が一定ではないというのは、政木博士のバクトロンも一定ではないというのと同じだ。宇宙空間にはバクトロンが満ちているのだが、銀河の中心ほどその存在は多く、周縁に行くほど少なかったりなかったりするらしい。だから、地上から光線銃を宇宙に向けて平行に撃ったとして、しばらくは光はバクトロンの中を平行にすっ飛んで行くが、宇宙の端?に近づくにつれバクトロンが少なくなるので、徐々に銀河の中心のほうに引き寄せられ、結局2本の光線は交わってしまうという。

話がずれてきたか? いずれにしろ、私はkoro先生や政木博士の言ってることのほうがわかりやすく、ヒッグス粒子に関してはなんとなく釈然としない。結局、物を小さく小さく刻んで分析していった果てに構築される理論のひとつに組み込まれていて、私のあまり好きではない還元主義の匂いがするのだ。だいたいからしてビッグバン理論があやしい。宇宙が膨張しているとする根拠は、遠くの星雲とか星団から観測される光のスペクトルが地球上にはないことから、これは星雲や星団が遠ざかっていることからくるドップラー効果により波長が長くなっているのだとしているところにある。そうかもしれないが、政木博士は、星雲や星団はそのまま定位置でじっとしているのだが、そこから何億光年か何百億光年かかかって地球に届く光が、バクトロンの中を通過してくることによってエネルギーを奪われ、振動数が変わるからだとしている。どうも私には、政木博士の言ってることのほうがしっくりくるのだが、科学的な根拠はありません。

どだい、報道を見るといまだに一部、137億年前にビッグバンが起きて・・・といった具合だが、それももう科学的に否定せざるを得ない発見があったはずだ。ちょっと調べればわかるでしょ。

もう6時か。実はまた飲みに行くのです。もっと、例えばこの『ヤスの備忘録』で取り上げられてる、コルマンインデックスのタイムラインが変わったのではないか、という話もしたかったのだが、次回にします。でも、このタイムラインの変化、なのかあるいはまたこれまでとは違った事態ということなのかもしれないが、いずれにしろ私的にはかなり重要というか、重要なのはそれしかないと言ってもいいくらい重要なことなので、またみなさんと考えてみたいと思いますです。

能力者たち2

さて、7月に入った。今日は1日で今は午後3時半。小中学生のころなら『3時のあなた』でも見ながらオヤツ食ってる時間だが、『3時のあなた』は平日の帯番組だから日曜はやってなかったか。それにあれは夏休みに観てたのだった。古いねえどうも。夏休みはたいがい『お昼のワイドショー』の「あなたの知らない世界」とか『3時のあなた』なんかで怪奇特集をしていて、私のようなガキたちは毎回観てお互い感想を述べ合ったものだ。とくに「あなたの知らない世界」は必見番組で、私が小学生のとき弟子入り志願をしてナシのつぶてだった超常現象研究家の中岡俊哉センセイが解説者として出演していた。その後、新倉イワオ氏に変わるのだが、そのころからそのテの番組は観なくなった。きっとなんかイッチョマエのことを考え出したのだろう。年齢的に。

なんでこんなことを書くのかと言ってもまったく意味はない。ただ思い出しただけだ。それに6時に約束があって高円寺に飲みに行くのだが、それまで何をどれくらい書けるのかわからないんで途方に暮れているってのもある。それに今日は「超意識」などについてのセミナーというか講演会があったので、楽しみに永田町まで出かけたはいいが、結論から言うと1週間間違えていた。自分で心底驚いた。こんなことは今までなかった。とオフコースの「秋の気配」みたいなことを言うほどのことでもないのだが、最近コレ系の勘違いが本当に多い。昨日から、目の前にあったはずのものがなくなる、あるいはなかったはずのものがいきなり現われる、時間、日付の前後がおかしくなる。完全に老化現象かアル中ハイマーだ。

で、ちょっとガックリきてハスに構えてタバコなんぞくわえてPCに向かったってわけなんだが、まあ気をとり直して前回の続きでも。

と言っても、前回の政木和三氏でも油井真砂女史でも、それだけでも膨大な時間を要する研究対象だから軽がるしく続きは書けないが、関連で言えばロシアのブロニコフ博士がいる。現在でもブロニコフトレーニングで有名だ。簡単に言えば、従来の視聴覚の能力を超えた能力を開発することができるということだ。例えば、目で見ないで本を読んだりする。たしかブロニコフ氏は旧ソ連で軍事目的でリモートビューイングの研究に係わってた人だったと思う。リモートビューイング、つまり遠隔透視・千里眼。冷戦時代は米ソで国家予算を投じて研究していたことはよく知られている。今でも普通にFBIなどが捜査で使う。マクモニーグルやクロワゼットが有名だ。そういえば昔クロワゼットが来日して、当時行方不明だった子どもを透視して、どこそこにいるってんでスタッフやカメラが現場に行ったら、川だったかの排水溝のようなところで子ども用の靴が映ったと思ったら、それきり映像が流れなくなったことがあった。誰か覚えてないかな。あれは何だったのか。私の記憶違いかしら。

ともかく、そのブロニコフ氏が子どもたちをトレーニングしていて、子どもたちは本をそのままお腹に当てただけで朗読する。そのほか目隠しをしたり、数キロ先に置いたりしても、なんなく読んじゃう。脳はいったいどうなってんだということで調べると、普通に目で見る場合は脳の視覚野に信号が現われて、ちゃんと目から情報が入って処理してることがわかるのだが、お腹や耳で読む場合は、いわゆる視聴覚につながる部分になんの反応もなく、要するにどこの感覚を使って読んでいるのかがわからない。でも読んじゃう。これは中国でもたしかやっている。そんなバカなと思うだろうが、今は探してる時間がないがたぶん映像もある。トリックだと言われるムキもあるかもしれないが、先の油井真砂女史にしてもそうだが、本当にいるですよそういう人は。

政木先生の本にも、少年の実験の話があって、その子は紙と鉛筆を空に放り投げて、5!とか言うと、落ちてきた紙にきたない字で数字の5が書いてある。画用紙とクレバスを投げて、チューリップになれとか言うとチューリプの絵が描いてある。しかもご丁寧に、赤と緑のクレバスを投げたのだが、花は赤、茎は緑のクレバスで描いてあるというからスゴイ。宇宙人!って言ったときは、ヘンテコな宇宙人の絵が描いてあった。それらの絵は本にも写真が掲載されている。この実験はたしか東大だったと思うが、何人かの大学生の前で公開実験として行なわれた。

だから人間は本来こういう能力を持っているのではないか。それをどう使うかは課題だが、少なくともそんな「非科学的」なことがあるわけないと否定することほど非科学的なことはないだろう。現象があるなら検証・研究すべきなのに、「非科学的」と言って、現時点での仮説にすぎないモノサシにこだわり、モノサシに合わないものを排除するのはもはやカルト宗教だ。そういう人は目の前で見ても、インチキだ、幻覚だって言うでしょう。まあ、実際インチキもあるからややこしいのだが、せめてもっと面白がるというか探求しましょうよってこってス。

子どものときには出来たことが大人になるにつれて出来なくなるってのは一体どういうことか。逆ならまだわかる。だんだんと大人になっていくにつれスゴイことができる世の中なら、子どもは大人になるのが楽しみでしょうがないだろう。この支配から卒業したいから大人になるっていう尾崎豊や早くニンゲンになりたあ~いっていう妖怪人間の話はまた別だ。今やというかここ何年も、ひょっとしたらマトモな子どもたちは大人になんかなりたくないとどこかで思ってるのかもしれない。一概にアダルトチルドレンだモラトリアム人間だニートだって非難するのはおかしいというか危険かもしれないね。

うぅっ、時間がない。超中途半端だけどいったん離れます。
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世の中の皆様こんにちは。
私はただの夢見る酔っぱらい。
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