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ミロクの世

風邪が治った。若干おかしいところもあるが大丈夫だ。今回は自分の症状としてはめずらしく、ちびっと頭痛がしたり吐き気がしたりした。ただの二日酔いだろと言った意見もあるが、私は生まれてこのかた頭痛というものは経験がないのだ。いや、頭ぶつけて痛えよ!ってのはある。でも頭痛はしたことがないので、今回の風邪でツンツンと頭の芯だか横だかわからないがへんなとこに痛みがあったことに驚いた。あと、吐き気。ノロかとも思うがそんなにひどくないので、これはまあ胃腸が弱ってるところに飲みすぎたからだろう。まあ、私の風邪の症状などどうでもいいか。

選挙ですよ。選挙。もう終わったが、私もみなさんと同じく、未来の党の惨敗ぶりと自民党の大勝ぶりに大いに驚き、なんじゃこりゃぁー!と怒りまくり、これは間違いなく不正選挙だ!、日本の闇はここまで深かった!、これは想定外だった、おい、こんな日本にはいられない、脱出するゾ、とカミさんと娘にがなりたて、どこに行くのかしら?、と聞き返されたので、うるさい!どこでもいい、日本じゃなけりゃどこでもいいんだ、なんなら中国でもいい!、と支離滅裂のことを言ったのを自覚できたので、ふと冷静になった。

しても、未来の党の9議席はないだろと思うのだが、まあいい。個人的にはほんとに想定外だった。でも、ヤスさんによれば、想定できる危機は回避されるので、これもありだ。私としては、民自公維新の連立で過半数を超え、未来その他で100超えくらいを予想していた。案の定、私ごときの予想・想定は木っ端微塵にされ、まったくの想定外のことが起きたので驚いているわけだ。でも、これはまわりの反応を見るとあながち私だけではなさそうだ。

しかしここで私がというか世の中で言われてるように、これで原発が再稼働し、TPPにも参加し、消費税も10%に上がり、自衛隊が国防軍になり中国とドンパチをはじめることになった・・・と想定すれば、むしろ逆に、そんなことは微々たることだったというような、とんでもない想定外が起きるのかもしれない。あるいは、このまま自民が暴走し、憲法改正を筆頭に世論をまったく無視した横暴ぶりを発揮して、来年7月の参議院選挙で手痛いしっぺ返しを受け、自民惨敗ねじれ国会となり、未来の党を中心とした勢力に勢いがつき・・・といった想定もまたことごとくくつがえされ、まったく想定外のことが起きるのかもしれない。

いずれにしろ、世界は人間の理性による浅はかな想定を超えた部分で形成される。

今回の選挙にしても、脱原発、反TPPには基本的に賛成しても、この不景気でにっちもさっちもいかなくなっている中小企業の経営者や失業者にしてみれば、まず景気をよくしてくれと思うだろうし、ほんとにお金もないし飯もないという深刻な状況なら、原発もTPPもおそらく関係ないかもしれない。小泉以来、経済格差に苦しむ層にしてみれば、格差を作り出す構造そのものをなんとかしてくれと思うだろうし、社会保障などのセーフティネットの見直し・確立の必要性は誰もがわかっている。だからこそ、追米属国に甘んじる民自公ではない第三極に期待するしかないのだが、現に今なんとかしてくれと叫ぶ人々にとっては、そんないつになるかわからない理想より、目の前の景気をよくしろと思うかもしれない。同情するなら金をくれ、だ。だから、第一に経済問題を掲げる自民党に票がいく。

このような書き方をすれば反発する人もいるかもしれない。でも、まわりの人々を見てください。それぞれの状況でやっとこさっとこなんとかしのいでいる人がほとんどだ。もちろん私も例外ではない。そのなかで各人各人いろいろ様々に幸せな状況を創り出す。もちろんなかには、脱原発、反TPP、増税反対などのデモをしたり、集会や勉強会を開いて政治的活動をする人々もいる。あるいは、アセンション、ミロクの世など、いわゆるスピリチュアルな情報に基づいて活動をする人々もいる。

だいたい、「スピリチュアル」ってよく言うが、また「スピ系」とか言ってある種差別的に相手を攻撃したり、場合によっては精神世界系側の人々でも「スピリチュアル」と「リアル」を分けて論じたりしてるが、この世というか世界のことはすべてスピリチュアルだ。当たり前だ。あえて「スピリチュアル」などと言う必要もないのだが、これまで世界を支配してきた物質至上主義に対するアンチとしての位置づけがあったからしょうがない。あげくのはてに「スピリチュアル」も、「オカルト」や「宗教」といった言葉と同じように、思考停止してる人々によって相手を非難するキャッチフレーズになってしまった。「オカルト」はご存じのように「隠されたもの、目に見えないもの」という意味のラテン語だ。オカルティズムはそうした目に見えない世界を探求する学問だ。ただそれだけの話だ。「宗教」だって神聖なもの、超越的なものに対する信仰や、それにまつわるもろもろのことだ。それが、近代科学や近代理性といったある種制限された、あるいは狭隘と言ってもいいが、そうしたシステムに合致しない、もっと言えばその人の頭の理解を超えたことがらに接すると、やれオカルトだ、宗教だ、スピ系だろ?となる。

あれ、なんだっけ。
とにかくいろいろな人々がいて日々の暮らしをしているわけだ。だから脱原発、反TPPその他、これまでアメリカの言いなりになってきた&それで権益を得ていたヤカラの政策に対して「アホ」と言う立場は正しいし、そういった情報を拡散することも正しいし、そういう方向性を示している政党に投票することも正しいと思う。だから私もそうする。でも、かと言って、そうしなかった人を非難することはこれはできない。できないよ。仮に非難したり、無理やり引きずり込んだとしても、ロクなことにならない。それは強制だからだ。私は、これは単に私の性格が悪いだけだという話もあるが、とにかく人から強制されることが大嫌いで、仮に正しいことだとしても嫌だ。強制にはやはり人を支配しようとする意図を感じる。そして人はやはり支配されるのは嫌なのだと思う。でもこれは自信がない。支配されたほうがいいという人もいるのかもしれない。

くどくなるな。
要するに、今回の選挙の結果は、ひょっとしたらこれでようやく日本国民が本格的に自発的に行動を起こす準備が整ってきたということかもしれないと思ったのだ。だって自民の圧勝でしょ? この先なにが起きるかわからない。それこそ想定外のことが起きそうだ。そのとき、それが自民圧勝によるところが大きいならば、何かことの起きた遠因が自民圧勝にあるならば、その事態を招いた日本国民がおそらく「自発的に」ことを起こすと思われるからだ。その事態の深刻さに比例して、日本国民の起こす行動も本格化するだろう。それがどういうことか私などにはわからないが、少なくとも誰もこれまでに予想もしてこなかった「想定外」のことであることは間違いないだろう。それは外国の連中、あるいは日本人にしても考えたことがないことかもしれない。そして、どの程度かはわからないが、その事態に関して、またそれに対する日本人の行動に関して、皆がこりゃダメだ、と思ったところで「グレン」と引っくり返るのかもしれない。そしてそれを引っくり返すのもおそらくわれわれなのだ。

それでもまだ、ソフトランディングするかハードランディングするかは、いまだ決まっていないと感じます。
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時間よとまれ

今日は天気がいい。
もう少ししたら投票に行こう。そしてそのまま蕎麦屋で一杯やるか。

とは言え、木曜から風邪気味で、酒がうまく飲めるかどうかわからない。風邪気味というか風邪だ。発熱するかどうかという状態で、私なりのケアをして抑えてるだけ。いや、ケアなんてエラソーなもんでもないか。木曜の夜は、風邪を忘れるべく大酒を飲んだのだが、して実際よくなったのだが、風邪はしつこく、まだ体調がすぐれないから、性感マッサージというと聞こえが悪いが、本業は鍼灸師・気功師で、ボランティアとして名前を変えて、世の悩める奥様たちに施術をしている御仁から聞いた風邪への対処法、「∞酒林∞さん、風邪のときは、ビタミンCを飲んで寝てれば一日で治りますよ。いや、サプリメントの」と言うわけで、ありがたく実践し、例の風邪に効くツボ「風門」を温めただけだ。風門は、後ろの首筋の少し下あたりにあるが、ここに灸を据えたり、シャワーで温めたりするといいらしいが、私は面倒くさいしダルいので、ストーブの前に横になってスルメを炙るように首筋を炙ってた。そのせいかどうかはわからんが、いまだ大ごとにはなってない。今日ぐらいで治るだろう。と思いたい。

もう2012年も終わるということで、ふと思ったのだが、ここ1年で、世の中というか世界というか、周りの景色・ニュアンス・次元?がみるみる変わったといったような感覚が、個人的には3回あった。1回目めは、去年の10月28日、これはちょっとブログにも書いた。そして2回めはこないだの10月か11月のどこか。覚えてないんだな。メモしとこうと思ったのだが、忘れた。そして12月12日だ。12日以降は、最初の去年の10月28日と近い感覚で、あきらかに何かが変わった。周りの世界というか、おそらく自分の中の感覚だかマインドだか何かだろうが、世界でも自分でもこの際同じだ。何だこれは?といった感じもあるが、気分がいいからまあいい。そのうちもうちょっと詳しく書いてみる。

感覚と言えば、時間が速くなっているというか短くなっていると毎回バカみたいに書いてきたが、最近はもう当たり前になってきて、うちのカミさんにいたっては、午後1時過ぎるともう夕方だとか言っている。もっともこれは前に家が建ったので日当たりが悪くなり、洗濯物が乾かないという憤りからくるたわ言だが。

例のマヤの長期暦の終わりがくるという話も、フォトンベルトに突入するという話も、惑星ニビルが接近するという話も、太陽、地球、銀河の中心が一直線に並ぶという話も、一様に12月21~23日に集中していることから世の終末論も出てくるわけだが、これはしょうがない。終末がくるかどうかはわからないが、というかくるはずもないと思うが、個人的には、テレンス・マッケンナ博士のタイムウェーブゼロ理論のほうが興味深い。時間はらせん状に加速しているという理論だ。早まっているわけですね、どんどん。さっきから時間が速いとか早いとか表記がめちゃくちゃなのは、この場合どっちで表記していいかわからないからで、調べるのも面倒だからだ。

まあいい。時間が加速している。前にも書いたっけ? ヴィスコンティの映画『ヴェニスに死す』の中の会話に、砂時計の話がある。砂時計をひっくり返したばかりでは、砂が落ちていくのはよくわからない。全然減ってないように見える。でも、残り少なくなってくると、とたんに砂が減っていく様子が目にも見え、最後のほうでは「加速度的に」減り、あっと言う間にストンと落ちる。砂がなくなる。・・・・・・というように時間がなくなる、というのがタイムウェーブゼロ理論だ。なくなるというのは違うか。また新たに砂時計がひっくり返され、新しい時間が始まる。と私は解釈する。それで、マッケンナ博士によれば、その砂時計がゼロになる時期がこれまた12月21日あたりなのだ。こっちのほうが私は気なる。というのも、去年あたりから頻繁に時間が短くなってきているのを感じていたからだ。最近にいたっちゃ、もうガキのころの記憶とか、体験した場面とか、匂いとかニュアンスとか雰囲気とかが突如間近に感じられ、おろ?私はいくつ?といったこともあるくらいで、今のオヤジの自分とガキの自分が同時にいる。若年性アルチューハイマーだという説もあるが。

いずれにしろ、時間は人類全体の集合意識が創り出しているらしいので、これまでのリニアな、そして体制側に都合のいい因果律に不当に干渉された時間軸の流れが終わるのだとすれば、それはいいことだ。それまでの砂時計がひっくり返され、まったく別の、まったく新しい時間が創り出されるはずだからだ。と言うか、創り出さなければならないだろう。われわれがだ。

時間の概念は重要だ。われわれが生きていくうえで必ずかかわってくる問題だからだ。われわれの葛藤のほとんどは過去への後悔と未来への不安からなる。だから時間にかかわっているとも言えるが、同時に同じ過去でも、充足・完結したよき思い出があり、同じ未来でも、よき未来への期待・確信もあるので、やはりそれは選択の問題なのだ。また私がウダウダ言っても混乱するだけなので、久しぶりにゼランドに登場してもらう。

 運命については意見が分かれる。ある人々は、運命は所有者である本人の手のなかにあると考える。また、ある人々は、運命はあらかじめ決められていると信じる。ほかにもっと遠大な考えの人々もいて、運命を、前世における各人の行いによって条件づけられ、神や天から遣わされた天恵か宿命と考えている。どのような見方が真理にいちばん近いだろうか。
 どれもが真理に近い。どの立場も確かであり、対等でさえある。鏡である世界において、そうでないということが果たしてあり得るだろうか。鏡の前に立つ誰もが、自分の思考の形(イメージ)を確認するのである。鏡に映る自分の顔が悲しそうに、また嬉しそうに見えることが、あらかじめ決められているだろうか、と鏡に問いかけても無意味なことだ。一方で、鏡にあるがままのものが映しだされ、他方では、自分がこうありたいと望むものを目にすることになる。そのため、運命についての問題とは、あらかじめ定められた運命を選ぶか、それとも自由な運命を選ぶか、という選択の問題なのである。要するに、選んだものを受け取るとあなたが確信するだけのことである。


Exactly! だからみんなで、不安をあおる予言とか、もっともらしいネガティブな結論などには飛び蹴りでもくらわして、夜空の果てに消えてもらおう。とは言っても、いっときのユーフォリアとか、ベルリン陥落寸前の地下壕で酒飲んで踊りまくるヒットラーの愛人エバ・ブラウンたちのような現実逃避もよくないわな。やはり大仰なことではなく、日々の暮らしを進める・クリエイトしていくなかにヒントがありそうだ。

ここのところ、下の娘が幼稚園に入ったころのことをときどき思う。いやたそがれてるんじゃなくて、彼女が言った言葉のことだ。当時、上の男の子は小学生に入ったばかりで、毎日私は彼に、今日は学校で何をした?と聞いていた。彼は、あれを習ったこれを学んだと教えてくれた。ついでにと言ってはなんだが、そのあと一応下の女の子にも聞いた。「○○ちゃんは何をしたの?」「ん?ただ遊んでるだけ」。毎回同じ答えだ。

最近それが思い出されて困るのだ。われわれは、ただ遊んでるだけでいいのではないか、と。もっと言えば、世の中でわれわれが為すすべてのことは、「遊び」みたいなものではないだろうか。経済活動でも政治でも家族でも、いわばゲームを楽しんでいるようなものかもしれない。よく考えれば、まんま遊びみたいな仕事は世の中にいくらでもあるだろ。だったらガキのように遊べとは言わんが、せめてガキのころくらいの想像力と創造力をもってみんなが楽しめるゲームくらいこしらえようや。

ってことになると思うんだが、どうだろう。

年内にまだまだ更新します。←珍しくやる気マンマン。

アトランティス

また2週間、と。
一回サボリくせがついてダメになっていくできそこないのサラリーマンみたいだな、まったく。

でもあれだね、ブログもいったん途切れるとそれまでのテンションというかノリというか、勢いみたいなものが損なわれるというかくじかれるというか、要するにそれまで何をどう思ってどんなふうに伝えたかったのかということを忘れるね、ぶっちゃけ。

ブログを書こうとしてることじたい表現欲求があるからだろう。しかも不特定多数というか、わかってくれるだろうと想定している相手に対してだ。そりゃそうだわな。はなこちゃんやたろうくんに対して伝えたいことがあれば、今日び携帯でもメールでもなんでもあるんだから直接伝えりゃあいい。となれば、こんだけブログが氾濫してるってことは、それだけみんなが漠然とあるいは明確に何かを伝えたがってるわけだ。わかってくれるだろう相手に対して。

これはやはりいいことだ。問題は伝えたいってことの中身なんだが、どんな中身でもいろんな人がいろんな取り方をして好きずきに反応もできるし、そのやりとり自体もネット上で検証できる。当たり前だが、ネットはマスコミュニケーションだ。いわゆるこれまでのマスコミはマスに対する大量伝達ではあるけれど、あまりにも一方的にすぎてもはやカルトというか、まともに聞いちゃいない大衆がほとんどだとすればもはやミニコミだろ、悪いけど。昨今の原発、オザワ、日中・日韓関係、最近の選挙がらみの報道を見てもほんと呆れるというか、あんたバカッ?とアスカ・ラングレーばりにののしりたくもなる。

選挙と言えば、公職選挙法違反とかなんとかで、ネットでもツイッターでもハギレの悪いというかやりにくそうなものが多いね。でも、そこらへんをちゃかしたものもあって笑える。とにかく日本の「未来」を考えよう、とか、日本の「未来」にかけるしかない、とか(笑)。私は杉並8区だが、小選挙区の候補者は民主、自民、共産、山本太郎の4人。しかも自民は石原伸晃。こりゃ消去法から考えてもひとりしかいないわな。比例にはやはり、日本の行く末、日本の「未来」に期待するしかない。

おっと、また話がつまらないというか、いつもつまらないかもしれないが、今回の選挙は極めて重要だと思われるので、ちびっと触れてみたのです。まあある種楽しみでもある。

前回何を書いたっけと覗いてみると、ウィングメーカーだ。言葉とDNAと現実創造だ。ってもその三つに関しては何も書いてない。今日も詳しくは書けない。まあ、なにしろ言葉は振動で振動が現実を創造している。それはDNAにまで働きかけ、ジャンクDNAとかたわけたことを言われてきた97%のDNAをオンにし、体の組成まで変える可能性を秘めてる。元素転換ですな。してみりゃ今後、放射能の影響も受けない方法もあるかもしれない。これは『日月神示』言うところの半霊半物資の肉体にも通じるってなわけで。

あれはいつだったか、今年の初めだったか、なんだったっけか、なにかのきっかけでこれまで考えてきたことをもう一度紡ぎ直さなきゃと思ったのだったが、そのへんから妙にアトランティスが気になりはじめた。アトランティスに関してはご多分に漏れずガキのころかなじみがあるわけだが、なぜかいきなり思い出したように気になりだした。もっと言えば、さらにそれ以前、レムリア以前の地球のこと。さらにその前の・・・と続くわけだが、とりあえず。

ゲリー・ボーネルやジョン・ミッチェルなどによれば、「アトランティスでは地球のエーテル体の質量から、言葉による指令を下すことで物質を生み出してい」た、と。言葉ですよ。キリスト教で言うところの三位一体、父と子と聖霊は、アトランティスで言えば、意識とエネルギーと指令、だ。イエスとマリアは、レムリア、アトランティスから伝わる叡智を正確に伝えた人物だというし、それは地下に潜りながらも脈々と薔薇十字団などによって現代にまでも伝えられているらしい。その技術を持ってすればピラミッド建設などに見られる運搬不可能な巨石の移動もわけない。つまり、

人間のすべての意図は声とともに地球のエーテル体に付置されます。ピラミッド形が人間の声に権威を与えて、対象となる物が意図を実践できるようにするわけです。声の調和波動(ハーモニクス)の範囲でエーテルフィールドを増幅させることでこれを行います。
 アトランティスではこのエネルギーを利用して、重量のある物を移動させていました。移動させたい物体の周りに声のエネルギーを集め、物体自身ではなくそのエーテルエネルギーを集めて動かすのです。
(『アトランティスの叡智』ゲリー・ボーネル)


というわけだ。
このへんのことはまだよくわからない。三次元的物体をエーテル体に働きかけて、結果、動かすのか、あるいはエーテル体に働きかけて三次元的物体をそのつど現実化させるのか。ゼランドふうに言えば後者だ。そうすれば、空中を猛スピードで90度ターンするUFOも、海に放り投げられても波の上であぐらをかく超能力者も、われわれが無限にスキャンされる現実化を見ているというか認識しているにすぎないと言えば理屈も通る。実際にわれわれの外にある三次元的物体の運動だと思うと、それこそわれわれが考案・発見した三次元的な物理学をあてはめざるをえなくなり、現象によっては理解不能あるいはインチキだ夢だとなる。

実際、中国や西欧にある「龍」の話も、地球の地と天を貫く磁気の流れを古代の人が視覚化したものだという説もある。もはや現代人には感じとられなくなったのだろうが、古代人は地磁気の流れ、それも天体の運行の影響を受けて一年のうちでもさまざまに影響を受ける磁気の動きを読みとることができた。またそれ専門の人がいたらしい。その土地の山とか丘とか河とか森を見て、地磁気の流れを調べ、場合によっては山や丘や河の形を変えたり新しく造ったりしながら磁気を整え、聖堂や王宮や自分たちの家や村を造った。世界中に見られる古代のストーンサークルのなごりは、磁気の流れに絡んだ天体の運行を指し示しているらしいということは多くの証明がある。

ストーンサークルや聖堂や霊山、その他聖なる場所は一直線のライン上にあったりもする。イギリスのワトキンズ博士によってレイラインと名付けられたこういったラインは世界中にあるし、磁気を流すものとして人工的に造られたりもしている。どうして人工的に磁気・エネルギーを流すのか。いろいろ理由はあるのだろうがまだよくわからない。しかし、そうしたレイラインに沿って実はローマの道もあったし、現代の公道もあったりする。でも今はその技術というか叡智がなくなったから、逆に都合や利権で無理やり道路を通すことでかえって地磁気の流れを悪くしてたり、もっと言えば、ひょっとしたらそれら古代からの叡智をよく知ってる連中が、自分たちの利権・支配のために道路を建設してるのかもしれない。

だいたいが、古代人が「龍」として大切にしていた磁気のようなエネルギーを、アトランティスが滅び(それも古代の叡智を悪用した連中が増えたからだが)、世界に二元論がはびこりだしてから、支配宗教となりはじめたキリスト教が古代叡智を異端・悪として二元論的に対置させてしまった。いわゆる聖ミカエルとか聖ジョージがドラゴンを踏みつけたり串刺しに押さえつけてるイコン画がそうだ。いつのまにか「龍」は悪者になってしまった。

ありゃ、なんだこれは。なんかヘンな流れになった。

えーと。
ま、あと地震ですね。この前もきたね、ぐらっと。私は3.11と同じく会社にいて、またかよ!とあせりながらも、このくらいであと100回きてほしいとも思った。そんなに大きくならないことはなんとなくわかったし、これくらいの規模でちょこちょこと分散させてほしいと。のどもと過ぎれば的に安心している私のようなアンポンタンにとっては警告の意味もあってよかったが、天変地異的なデカい地球規模の災害に関しては、意識のありようとしては注意が必要だ、ということは前に書いた(私的には、天変地異に関してはこの記事以上に言うことはない)。さきの話じゃないが、二元論的にとらわれすぎるとのがれられなくなる。なにも災害に限ったことじゃないが、いい・わるい、安心・不安、快・不快、正しい・間違い、などにとらわれると、永遠に回転車を漕いでいるリスのようになってしまう。地震はこないという情報を集めて安心している中で地震にあい、また不安材料を集めだす。あいつはいいヤツだという良好関係の中でたまたまイヤな目にあい、手のひらを返して不快感をムキだす。しばらくして地震がこなかったり、相手と良好関係が再度築ければ、また変わるんだから。永遠と堂々めぐりになってしまう。そういうことはもうクリアしましょうってことなんだろう、きっと。

アトランティス時代は相手とテレパシーで会話したり、筋肉を使わずに物を移動させていたということがほんとうならば、そして自分と他者が明確に分離されはじめて二元論的な思考がはびこった末、滅んだということもほんとうならば、このまま行けば今の世界もちょっとヤバイかもね。ぎりぎりの分岐点。

1万3000年ごとにきているという「分離」と「調和」の大きなエネルギーの波のうねりだが、今はその「調和」のほうの波が押し寄せているわけだ。これは人類というか地球全体に等しなみに押し寄せてきているわけで、あとはその大きな波にうまく乗れるかどうかだあね。不安や恐怖心をなくして楽しむしかないね。幼いころに海で親に抱っこされて、そぉら大きな波がきたゾ、かなんか言われて、はじめはちょっと怖いながらもしまいにはキャッキャッと楽しんで、もっともっととせがむようなもんだろ、きっと。

もっともわれわれはその当時のガキとは違う。もっと大人でもっと智恵もあるし経験もある。つまりガキのころとはまた違った楽しみ方ができるはずだ。私の場合は、愕然とすることに酒飲むことくらいしか思いつかないが、まあいずれにしても、一日一日楽しみましょう。酒飲んだりして。←こればっか。
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プロフィール

∞酒林∞

Author:∞酒林∞
世の中の皆様こんにちは。
私はただの夢見る酔っぱらい。
夜な夜な昼間にそば屋うなぎ屋ラーメン屋、
飲んで歌って吠えてます。
いつまで続くか酔っぱらい。
帰ってくるのか酔っぱらい。

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